X 朝の支度

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「お気に召すものは御座いませんでしたか?」  クローゼットをぼんやりと見つめながら突っ立っている私を見て、気に入る物が無かったと解釈したのか。アイリーンが感情の読めない声で、そう尋ねてきた。「そういう訳では無いんですが……」と言葉をぼかしつつ、ハンガーに掛けられたドレスをペラペラと捲る様にして眺める。  ブルーにピンク、イエローにネイビー。全ての色が揃っているのではないかと思えるラインナップだ。  レイは未だ宝石に心奪われているのだろうかと目を向けると、彼女はネルとああでもないこうでもないと言いながらドレスを選んでいた。その顔はだらしなく緩んでいて、この状況を楽しんでいる様に思える。  昨晩の言葉は一体なんだったのだ、と思わず溜息が零れた。  途端にドレスの事がどうでもよくなり、「私に似合いそうなものを選んで貰えますか」と投げやりにアイリーンに言った。彼女の事だからどうせ、お嬢様のお気に召すものをお選びください、などと言うのだろうな――と思ったも束の間。意外にもアイリーンは「そうですね……」などと呟いてドレスを選び始めた。この冷徹な彼女がどんなドレスを選ぶのかには、聊か興味がある。クローゼットに埋もれる様にしてドレスを選ぶアイリーンの背を見つめていると、ややあって彼女が一着のドレスを引っ張り出した。 「此方は如何でしょう」  アイリーンの手にあるのは、バーガンディのドレス。ウエストがきゅっと締まっていて、腰から足元にかけて細い作りになった上品なドレスだ。袖や裾、襟元にローズレッドのレースがあしらわれていて、僅かに幼さも残した背伸びしすぎていないデザインである。  アイリーンの好みか、それとも私に似合うと思ったのか。疑問には思ったが、手短に済ませたい一心で「それでいいです」と短く答えた。 「畏まりました。では」  彼女がドレスを腕に抱いたまま、再びクローゼットに向き直った。がさがさと何かを漁っているアイリーンを尻目に、身に着けていたネグリジェを脱ぐ。  着替えに手を貸されるのは、何もできないと思われる様で嫌なのだ。どうせドレスは一人で身に着けられないのだから、出来る限りの事は先にやっておいた方が良いだろう。  脱いだネグリジェを適当な場所に置き、柔らかな素材のシュミーズとドロワーズ姿でぼんやりと立っていると、アイリーンがクローゼットの中から無駄にごてごてとしたコルセットを取り出した。ふんだんに使われたレースにフリル、そして細かな刺繍。そのコルセット一つで外出さえ出来てしまいそうな装飾具合にぎょっとする。 「え、そ、それ付けるんですか? ドレスの下に?」 「左様で御座います」  隣のレイに目を遣ると、彼女は既にコルセットを身に着けていて、背に編み込まれている細いリボンをネルにやや乱暴に絞められている最中だった。  レイが身に着けているコルセットも、アイリーンが出してきたものと同じぐらいに派手だ。レイは「痛い」「雑すぎ」「もっと丁寧にやって」などと苦しげに文句を言っているが、少しでもウエストを細くしようと必死なネルにはまるで響いておらず、「我慢して頂戴」と一蹴されている。  家でもコルセットは着用していたが、アイリーンが出してきた甲冑(かっちゅう)の様な物とは違う、もっと簡易的なものだった。あくまで身体のシルエットが浮き出ない様にするための、下着の一つだ。当然ウエストをきつく締める事も無く、衣服もゆったりと着用していた。  これからこんなにも硬く厚いコルセットでウエストを締められなければならないのかと思うと、肌が粟立つほどにぞっとする。  アイリーンの手を借りながらもコルセットを身に着け、促されるままに壁に手を突いた。その瞬間、ぎゅっと背のリボンを強く引っ張られ、身体のバランスが崩れる。なんとか倒れない様に踏ん張り立て直すが、ウエストを締める手に容赦は無く、まだ二日目の朝だというのに早くも心が折れそうになった。
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