XI 屋敷案内と音楽室

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「では、これより屋敷案内をさせて頂きます。基本、お嬢様方にはわたくしかネルが付きますので無理に間取りを覚える必要はございません。ギャラリーなどもございますので、是非お楽しみください」  これが、貴族のお屋敷見学会――の様な催し物であればどれ程良かったか。それなら私もレイも、素直に楽しめたというのに。  堪えきれなかった溜息をつくと、レイが私のドレスの袖を引っ張った。 「――間取り、一応覚えておいた方がいいよね」  アイリーンには聞こえぬ声で、彼女が私に耳打ちをする。 「ほら、裏口の場所とか、警備が緩そうな場所とか」 「…………そうね」  こういう時、やはり私よりもレイの方が遥かに頭が回る。  確かに屋敷の間取りを覚えておけば、いざ此処を抜け出す日が来た時に移動し易い。 「ほら、行こ。私も頑張って覚えるから、ルイも覚えるようにね」  レイが私の手を引いて、アイリーンが待つ扉の方へと向かった。 「――此方が、レッスンルームとなります」  一体どれ程の時間、屋敷の中を歩き続けただろうか。レイも私も困憊しきっていて、今の私たちに新しい部屋を見せられても感動も何も無い。ただ、ウエストをきつく締めるコルセットを外したい、そろそろ部屋に戻りたい、という願望しか頭には無かった。  屋敷案内はまず、一階のエントランスホールから始まり、応接間(ドローイング・ルーム)大広間(サルーン)、ロング・ギャラリー、ダイニング・ルームの順に回った。  エントランスホールは昨日、この屋敷に初めて足を踏み入れた際に目にしている。いつ見ても綺麗な場所だ。磨き抜かれた白黒のタイル状の床に、赤い絨毯が敷かれた長い階段。沢山のガラスがぶら下がった宝石の塊の様な大きなシャンデリアに、天井一面に描かれた見事な神話画。自身が誘拐された身だと忘れる事さえ出来れば、飽くことなく見ていられる。  応接間(ドローイング・ルーム)には白いソファが複数置かれていて、エントランスホールにぶら下がっていたシャンデリアよりも小ぶりなものが二つ。壁には大きな暖炉が埋め込まれており、古い時代の人間を描いた大小様々な肖像画が沢山飾られていた。わざわざ尋ねるのも面倒であった為黙っていたが、所々に飾られている肖像画の人物が誰なのかは些か疑問に思った。この家の先祖だろうか。  応接間(ドローイング・ルーム)には、綺麗だというよりも、過剰なまでの装飾になんだかごちゃついているという印象を抱いた。しかし不思議と居心地の悪い雰囲気は無く、きっと貴族の人間であれば何の疑いも不満もなく、充分寛いで過ごす事が出来る場所なのだろうと感じた。  大広間(サルーン)はホームパーティーなどが行われる際に使用される部屋の様で、ストラップワークの天井に、光を多く取り入れる為か沢山の窓がある印象的な場所だった。応接間(ドローイング・ルーム)を広くした様な部屋だ。これまた過剰なまでの装飾に、やはり誰だか分からない肖像画。暖炉の上にはなんだか高そうな壷が置かれていて、壁に掛けられた絵画の大きさには目が眩んだ。  ロング・ギャラリーに至っては最早私たちには理解出来ない領域で、壁にずらりと飾られた絵画と高級そうな鏡、そして並べられた石膏像に、まるで異世界にでも迷い込んだかの様な気持ちになった。幾ら貴族のお屋敷といえど、私たちが暮らしていた街の中にこんな場所があるだなんて信じられない。  そんなこんなで一階の案内が終わり、色々と飲み込めないまま二階にやってきた。そして最初に通されたのが、このレッスンルームである。  レッスンルームと言われた部屋は、一階と違ってとても落ち着いていた。無駄な装飾――絵画や肖像画、妙な壷など――も無く、マホガニー材のテーブルとイスだけがぽつんと置かれた、だだっ広い部屋だった。
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