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XIII 同じドレス
――本日二度目のドレッシングルーム。
チェストの上に置かれたからくり時計が16時を知らせるメロディを奏でたと同時に、私たちのアフタヌーンティーは終わりを告げた。20分にも満たない時間であったが、本音を言えばアイリーンの前で話せる事など殆ど無かった為、早々に終わってくれたのは有難かった。
そして与えられた仕事を終えたらしきネルが部屋を訪れ、私たち一行は朝と同様ドレッシングルームに籠っていた。
「本当にもう一回着替えるの?」
レイの問いに、アイリーンが「左様で御座います」と事務的に答える。
「でも夕食を終えたらまた着替えるんでしょ?」
「それは入浴を終えた後ですので、“着替え”とは異なるかと」
「いや、着替えがどうとかでは無くて、つまりは脱いだり着たりするのが面倒なんだって」
うんざりとした様に言うレイを見て、ネルがぼそりと「贅沢な悩みね」と厭味たらしく言う。それはアイリーンの耳にも届いていた筈だが、しかし彼女は何も言わず、表情も変えなかった。
「あまり我儘を言うのはよしなさい」
そうレイを窘めるも、言った当の本人はどこ吹く風だ。ドレッシングルームの壁際に沿って置かれた革張りのスツールに腰掛け、浮いた足をぶらつかせている。
「――今晩は、此方のドレスは如何でしょう」
レイの態度を特に気に留める様子も無く、アイリーンがクローゼットから引っ張り出したのはアッシュブルーのイブニングドレス。艶のある滑らかなシルクを下地とし、オーガンジー、そしてソフトチュールが重ねられた、柔らかな印象を抱くデザインだ。オーガンジーには銀の絹糸で雪の結晶が刺繍されており、チュールには粒状の宝石が縫い付けられている。
「此方のドレスですと、同じデザインでブルーとパープルの2着御座います。揃いにするには丁度良いかと」
言って、アイリーンが新たに一着ドレスを取り出した。ブルーと全く同じデザインの、アッシュパープルのイブニングドレスだ。
そういえば今朝、同じ色合いやデザインのドレスが複数ある、似たデザインのものを夕刻までに用意させる、と言っていた事を思い出す。別の事に気を取られていて今の今まで忘れていたが、まさか本当に用意して貰えるとは思っていなかった。
しかしそこでふと、疑問が沸き上がる。この家には元々、ノエルという名の養女が居たとネルから聞いた。今やその養女は兄を刺して行方不明だそうだが、娘は1人の筈である。なのに何故、同じデザインのドレスが2着もあるのだろう。
幾ら色違いであろうと、私たちの様な双子や姉妹でないのに同じドレスを仕立てるのは不自然だ。仮にそのデザインを甚く気に入っていたとしても、まるきり同じデザインになどするだろうか。
「――どうかなさいましたか」
アイリーンの問い掛けに、ふと我に返る。何でもありません、とやや早口で返し、未だスツールに座り足をぶらつかせているレイに目を遣った。
「貴女もこれで良いわよね?」
「うん。どうせ着てる時間短いんだし、なんでもいいよ」
彼女の返答に、アイリーンが恭しく一礼して「畏まりました」と言った。
それからというもの、ドレッシングルームを出るまで私たち4人が会話を交わす事は無かった。
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