XIII 同じドレス

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 夕食を終えた後の、入浴の時間。やっときつく締めたコルセットから解放され、深く息をつく。  夕食時、あの男――ラルフはやけに上機嫌だった。私たちが纏ったドレスを大層気に入り、同じデザインのものを着ていると双子の美しさが際立つ、と喜ばれた。  レイは相変わらずで、テーブルマナーを意識していたのか、将又緊張していたのか、今日はゴブレットを倒して水をぶちまけていた。けれどもラルフは不思議と顔色を変える事は無く、あろう事か「慣れない場所での食事だからな、初めは上手くいかない事が多いだろう」と慰めの言葉まで口にしていた。ドレスの凄まじい効果に、畏怖を感じる。 「――あんた、今日は派手にやってくれたわね。また怒声が飛ぶんじゃないかってひやひやしたわよ」  石鹸の泡をたっぷりと乗せ、やや乱暴な手付きでレイの髪を洗っていたネルが恨めしそうに言う。恐らくゴブレットを倒した事について言っているのだろう。 「だって! 手袋して食事したことなんて無いし!」 「上流階級の世界ではあれが常識よ。臨機応変に対応できる様にしておきなさいな」 「無茶言わないでよ、まだ此処に来て2日目なんだから」  イブニングドレスは、デイドレスと違って首元や胸元、そして両腕が大きく露出している。夜の正装とはそうと決まっている様で、それにドレスに合う色の手袋を合わせ、開いた胸元は宝石で飾る。  手袋は二の腕まで長さがある為あまり露出をしているという感覚は無いが、私たちの手の大きさに合わせて作られたものでは無い故に布が余ってしまう事が困りものだった。仮に体格や年齢が同じであったとしても、指の長さや手の大きさは人それぞれ違うのだ。養女――ノエルの手袋が私たちの手にぴったりと馴染む、なんて奇跡は当然起こる筈が無く、今日の夕食は非常に苦労した。  ただでさえラルフとの食事は苦痛極まりないというのに、それに合わない手袋が加わるとなると愈々精神を病んでしまいそうだ。 「――そういえば……」  ふと、先程のドレッシングルームでの疑問が脳裏を過った。  奇妙という程の事では無いのかもしれないが、何故だか引っ掛かる――そんな曖昧なものであった為、ネルが相手でも尋ねづらい事ではあった。だが黙っているのも気持ちが悪く、暫し逡巡したのち問いを投げ掛ける。 「ネル、この家の養女だという、ノエル様ってどんな方だったの?」  然程驚く事でもないだろう漠然とした問いだというのに、ネルはぎょっとした顔で私を見た。 「な、何よ急に! スチュアートさんに余計な事言っていないでしょうね!」 「何も言っていないわ。……というか、アイリーンには訊けないからこうして貴女に訊いているのだけど」 「それは……そうだけど……」  ネルがばつが悪そうに顔を背け、もごもごと口籠る。 「昨日言った通りよ。大人しくて寡黙で、我儘も言わないし、存在感も無い。何処となく儚げなお嬢様だったわね。なんというか、“お嬢様”って言葉が似合わない素朴な方だったかも」  彼女が一拍置いて「でも少し妙な事を耳にする事が多かったわね」と言葉を続けた。 「私、このお屋敷には15の頃に来ているの。だからまだ1年と少ししか経っていないのよ。つまりね、ノエル様と接していた期間が短かったから、その“妙な事”ってのも、私にはあまり良く分からないんだけど……」  妙に回りくどく、歯切れの悪い言い方だ。また昨晩の様に、他言を恐れているのだろうか。 「心配しなくても、誰にも言わないわよ」 「馬鹿ね、今更他言を怖がる訳ないでしょ。ノエル様とキース様の話をあんたたちにしちゃった時点で、それが周囲に知られたら私はおしまいなの。あんたは大丈夫でも――妹の方が心配ね、口が軽そうだわ」 「えっ」  唐突に話を振られたレイが声を上げ、ぱっと振り返り背後のネルを見遣った。その拍子に彼女の髪から小さな泡がふわふわと舞い上がる。
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