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「――撞球室は男性だけの空間。ご婦人方の就寝後、男性方が集い、球を突きながら煙草や雑談を楽しむのです」
アイリーンの言葉に、ふと意識が引き戻される。
確かに彼女の言う通り、本の中の世界でも撞球は男性の嗜みとされていた。余程の事が無い限り――それこそ興味を持った女性たちが深夜に寝室を抜け出し、撞球室に忍び込むなど――女性がそれに触れる事は無い。
「――ですが、ご婦人方の立ち入りを禁止している場では御座いません。勿論、ご婦人方が球を突くとなると話が変わってはきますが、此処に飾られている肖像画を鑑賞する、程度であればわざわざ許可を得なくとも可能でしょう」
レイがぱっと顔を上げ、アイリーンを見遣る。その言葉に対して何かを返す事は無かったが、レイは暫くアイリーンの顔を見つめたのち、再び肖像画に視線を移した。
レイの気持ちを、慮ってくれたのだろうか。そんな事を思うも、アイリーンは相変わらずの冷え冷えとした声で「次は書斎となります」と言って、私たちに一瞥もくれず扉の方へ向かった。
私が最も期待していた書斎は、音楽室の隣に存在した。
書斎とは、書物を保管する為だけでなく、読書や書き物をする為にも使われる部屋だ。音楽室の隣に選ぶべき部屋ではない。
随分と、不思議な間取りをしている。幾ら壁が分厚いとはいえ、完全なる防音では無いのは確かだ。読書をしている最中に楽器の音が聴こえてきたら煩わしいだろう。
そんな疑問を思わず零すと、アイリーンが透かさずその理由を教えてくれた。
曰く、元々2階の最奥部にある撞球室が書斎だったそうだ。だが殊の外書物が増えてしまい、現撞球室よりも広い音楽室の隣を書斎としたのだとか。
幾ら同じフロアだろうと、部屋を丸ごと入れ替えるのは骨が折れる作業であろう。人員の確保にも、相当苦労したに違いない。
部屋を入れ替える為にわざわざ人を雇ったのか、それともこの屋敷の使用人が総出で行ったのかは分からないが、考えるだけでなんだか胃が痛くなってくる。
「――書斎に置かれている書物は、持ち出しに至っては特別禁止されておりませんので、お部屋で読まれることも可能です」
アイリーンが書斎の扉を大きく開き、私たちに中へ入る様にと促した。
その瞬間見えた、壁一面に並ぶハードカバーの背表紙。書物は貸本屋を遥かに上回る量で、よく見てみれば部屋を一周ぐるりと囲む様に中二階が存在し、そこにも書架が隙間なく並べられていた。
「わ、すごい……」
アイリーンの横をすり抜け、並ぶ書架に駆け寄る。部屋にはソファやテーブルも置かれており、非常に居心地の良さそうな空間となっていた。こんな場所が家にあるだなんて、悔しいがとても羨ましく思ってしまう。
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