XIV 趣味

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「――撞球室(ビリヤード・ルーム)は男性だけの空間。ご婦人方の就寝後、男性方が集い、球を突きながら煙草や雑談を楽しむのです」  アイリーンの言葉に、ふと意識が引き戻される。  確かに彼女の言う通り、本の中の世界でも撞球(ビリヤード)は男性の嗜みとされていた。余程の事が無い限り――それこそ興味を持った女性たちが深夜に寝室を抜け出し、撞球室(ビリヤード・ルーム)に忍び込むなど――女性がそれに触れる事は無い。 「――ですが、ご婦人方の立ち入りを禁止している場では御座いません。勿論、ご婦人方が球を突くとなると話が変わってはきますが、此処に飾られている肖像画を鑑賞する、程度であればわざわざ許可を得なくとも可能でしょう」  レイがぱっと顔を上げ、アイリーンを見遣る。その言葉に対して何かを返す事は無かったが、レイは暫くアイリーンの顔を見つめたのち、再び肖像画に視線を移した。  レイの気持ちを、慮ってくれたのだろうか。そんな事を思うも、アイリーンは相変わらずの冷え冷えとした声で「次は書斎(ライブラリー)となります」と言って、私たちに一瞥もくれず扉の方へ向かった。  私が最も期待していた書斎(ライブラリー)は、音楽室の隣に存在した。  書斎(ライブラリー)とは、書物を保管する為だけでなく、読書や書き物をする為にも使われる部屋だ。音楽室の隣に選ぶべき部屋ではない。  随分と、不思議な間取りをしている。幾ら壁が分厚いとはいえ、完全なる防音では無いのは確かだ。読書をしている最中に楽器の音が聴こえてきたら煩わしいだろう。  そんな疑問を思わず零すと、アイリーンが透かさずその理由を教えてくれた。  曰く、元々2階の最奥部にある撞球室(ビリヤード・ルーム)書斎(ライブラリー)だったそうだ。だが殊の外書物が増えてしまい、現撞球室(ビリヤード・ルーム)よりも広い音楽室の隣を書斎(ライブラリー)としたのだとか。  幾ら同じフロアだろうと、部屋を丸ごと入れ替えるのは骨が折れる作業であろう。人員の確保にも、相当苦労したに違いない。  部屋を入れ替える為にわざわざ人を雇ったのか、それともこの屋敷の使用人が総出で(おこな)ったのかは分からないが、考えるだけでなんだか胃が痛くなってくる。 「――書斎(ライブラリー)に置かれている書物は、持ち出しに至っては特別禁止されておりませんので、お部屋で読まれることも可能です」  アイリーンが書斎(ライブラリー)の扉を大きく開き、私たちに中へ入る様にと促した。  その瞬間見えた、壁一面に並ぶハードカバーの背表紙。書物は貸本屋を遥かに上回る量で、よく見てみれば部屋を一周ぐるりと囲む様に中二階(メザニン)が存在し、そこにも書架が隙間なく並べられていた。 「わ、すごい……」  アイリーンの横をすり抜け、並ぶ書架に駆け寄る。部屋にはソファやテーブルも置かれており、非常に居心地の良さそうな空間となっていた。こんな場所が家にあるだなんて、悔しいがとても羨ましく思ってしまう。
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