XIV 趣味

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「チャールズ・ディケンズにウィリアム・メイクピース・サッカレー……、エドウィン・アボット・アボットもあるのね、凄いわ……」  書架に並んだハードカバーの背表紙を指でなぞりながら、感嘆の溜息を漏らし呟く。 「やっぱり、ウィリアム・シェイクスピアは揃っているのね」  シェイクスピアの戯曲を載せた作品集が本棚に並んでおり、四大悲劇とされる『ハムレット』『マクベス』『オセロ』『リア王』は勿論の事、『ロミオとジュリエット』や『ヴァニスの商人』『ジュリアス・シーザー』などの有名どころも読む事が出来る。本屋や貸本屋よりも充実したラインナップだ。 「チャールズ・ディケンズって、なんか聞いた事ある気がする」  後をついてきたレイが、私の肩越しに書架を覗き込んだ。 「『クリスマス・キャロル』や『オリバー・ツイスト』、と言ったらレイにも分かるかしら」 「あぁ、前に借りてたね」 「貴女も読んでいたでしょう?」 「そうだっけ」  私が貸本屋で借りた本や、両親に言って買って貰ったものは必ずレイも一度は読み通す。難しくて分からない、などと言って内容を9割以上覚えていない本も少なくは無いが、私が読んだものは彼女も一度は触れている筈だ。  しかし彼女は読書家という訳では決してなく、貸本屋へ行っても退屈そうにしている事が殆どだった。つまりは本に興味があるのではなく、私が読んでいるものに興味があるというだけである。そう考えると、こうしてタイトルを覚えていないのも無理もない話なのかもしれない。 「ほら、これなら覚えているんじゃない?」  書架の中から、本を一冊抜き取る。エドウィン・アボット・アボットの『フラットランド』だ。二次元の平面世界を舞台とし、次元の本質を追求した数学的フィクションである故に、読書が好きな私ですら100%の理解は得られなかった作品である。  何度も同じ文を読み返しては頭を悩ませていた為、『フラットランド』はレイだけでなく読んでいない両親だって覚えている筈だ。 「あぁ、これ。なんか記憶に残ってる、かも」  アイボリーの表紙を掌で徒に撫で、レイが曖昧な返事を寄越す。 「貴女が冒頭1ページで投げてしまった本よ」 「…………そうだっけ」  またもや返事は曖昧だ。 「私が画家の話をしてもルイが分からない様に、私も作家の話は分からないんだよねぇ」 「いや、貴女も必ず一度は読んでいるじゃない」 「読んでるといっても……、まぁ読んでるけど」 「どっちなのよ」  彼女の煮え切らない態度に、脱力に近い溜息が漏れる。
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