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9 諦めたくない ①
オレは今村部長と会う前に笑くんを呼び出していた。待ち合わせ場所は、相変わらず笑くんがバイトするファミレスだ。数回しか会ったことはないが、もうここはオレたちの思い出の場所みたいに思っていた。だから大事な話はここでないと。
*****
ピロロン♪ というウェルカムベルのあと、キョロキョロと店内を見回すと笑くんはどこからも死角になるような席からひょこりと顔を出した。誰かが入店するたびにこうしていたのかと思うと、愛しさが募る。
オレの姿を見つけ、笑くんの表情がぱぁああっと明るくなって、待ってました! とばかりに立ち上がって、オレを呼んだ。
「信太朗さん!」
「お待たせ。大分待たせてしまったよね」
「いつまででも待てますから大丈夫ですよ」
そう言ってにこりと微笑まれ、オレも微笑んで返す。
「はぁ……おなかすいたな」
「お疲れ様です。なにか食べますか?」
オレの言葉を受けて自然と勧めてくれて、どこか嬉しそうなのは、オレがこないだ言った言葉を理解してくれているからなのだろう。
笑くんとなら一緒に食事ができる。いや、したい。
オレもそう思えたことが嬉しくて、笑くんと同じハンバーグセットを頼んだ。
ハンバーグを食べながら、笑くんはいつもみたいにしゃべらないが、決して空気は重くはない。目が合えば微笑んでくれて、口の端についたご飯粒を取ってくれたり。オレが話すのを黙って待ってくれているのだろう。
オレは食事を終えて、食後のコーヒーを飲みながら今村部長にされてきたパワハラと、その原因について話した。笑って話す話でもないが、もう悲しいという気持ちもないのだから淡々と。笑くんはそれを黙って聞いてくれる。
ひと通り話し終えて、オレは苦笑しただけだったが、笑くんはポロポロと涙を流した。
「え? な、泣かないでよっ。オレはもうなんとも思ってないから。大丈夫だからっ」
慌てて、テーブル越しに笑くんの涙をハンカチで拭う。
「だって……。ひっく。そんなの酷すぎます……っ。俺の大好きな人がそんな目にあっていたなんて! そんなことにも気づかず浮かれたメッセージ送ったり──うぅ」
「うーん。でもさ、オレがあの地獄から抜け出せた、抜け出そうと思えたのは笑くんのおかげだよ? あの日、あのときオレは自分から地獄のもっともっと奥深くに沈みにいくつもりだったんだから。それを止めてくれたのは笑くん、きみだよ」
もうオレも笑くんの気持ちを疑ったりはしていない。
真っ直ぐに笑くんの目を見て、オレの気持ちを伝える。
「オレは笑くんのことが好き。これがきみに伝えると約束したオレの気持ち。好き、だから、だからね」
そのあとに続く「別れて欲しいんだ」という言葉を聞いて、笑くんはオレと知り合ってから初めて見る、まるでこの世の終わりのような絶望した表情になった。
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