1 最低な告白

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1 最低な告白

「す、好きですっ!」  信号待ちの突然の告白だった。驚いているであろう相手に、オレは告白とともに勢いよく頭を下げた。  頭を下げたのはお願いではなく、オレの都合に強制的に付き合わせてしまった(・・・・・・・・・・)ことへの謝罪だ。  オレはこの告白の成功を望んではいない。身体が震えてしまうのも、相手の顔が見れないのも、返事への期待や不安からくるものではなく、罪悪感からだった。  すぐに「え……俺……?」という若い男の小さな声が頭上から降ってきて、オレは更に頭を深く下げた。頭を下げ続けていたから相手の表情は見えないが、その後の沈黙からも相手の驚きと戸惑いが伝わってきて、無駄な時間をとらせてしまったことを申し訳なく思う。もしかしたらこれから大切な用事があるかもしれないし、なかったとしてもオレなんか(・・・)が無駄にしていいという話ではない。相手のためにもさっさとこんなこと(・・・・・)は終わらせなくては。  オレは顔を上げ、相手の喉元あたりに視線を固定した。そして相手に万が一にも罪悪感を抱かせないために笑顔を貼り付けて、努めて明るい声を出した。 「そうですよね! ダメですよね! あはは、分かってました。身の程を知れってやつですよね。だからあの、ホント気にしないでくださいね。じゃあすみませ──」  一気に捲し立てるようにそう言って、告白して断られたからこれで終わり、と立ち去ろうとしていたオレの耳に一拍遅れで届いた「はい! じゃあ今から俺たち恋人ということですね!」という、オレが予想もしていなかった返事(言葉)に驚く。「んえ!?」と間抜けな声を上げると同時に視線も少し上へとずれた。このときオレは、初めて(・・・)相手の顔を見た。  視線の先の男、男と言うにはまだ若い──青年が、ふわりと優しく微笑んでオレのことを見ていたものだから、更にオレは「へぇええ??」と驚きの声を上げた。  夢でもみているのかと自分の頬を抓ってみたが、ちゃんと痛い。どうやら夢ではないようだ。青信号を知らせるメロディーや車の行き交う()現実(リアル)匂い(・・)と、ちらりちらりと向けられる居合わせた人たちの興味本位な視線(・・)からも、これは紛れもない現実なのだと分かった。  ──分かったのはいいが、予想もしていなかった展開に青ざめる。  この告白は間違ってもOKされていいものではなかったのだ。  内心焦りまくるオレとは反対に青年は微笑みを浮かべていて、眩しいほどに輝いて見えた。それは青年の容姿のよさによる輝きというわけではなく、若さゆえの夢や希望のような、もしかしたらこの恋への期待もあるのかもしれない。どちらにしてもオレが失ってしまった、過去の幻のような輝きだった。  そんなものは今のオレには眩しすぎて、羨むというよりは目を背けたくなるような、胸を締め付けるものだった。 *****  予想外の事態に、なんでこうなってしまったのかとオレは頭を抱えたくなった。そもそも断られると思ったからこそ声をかけたのだ。見ず知らずの、後ろ姿からは(・・・・・・)はっきりとは分からなかったが年下だろう男に。  自分との()があればあるほどいいと思っていた。男に声をかけたのだって、その方が断られやすいと思ったからだ。オレの性嗜好によるものではない。三十二年生きてきて誰かに恋をすることもなかったし、どういう相手が好みだとかも考えたことはなかった。とにかくオレという人間に『恋』なんてものは一番縁遠い存在だったのだ。  自分から告白したくせに一体なにを言っているんだ、と思うかもしれないが、これには理由があるのだ。海より深く水たまりよりも浅い身勝手な、……オレにとっては切実でどうしようもなくくだらない理由が──。  オレはこの日、見知らぬ誰か(青年)に告白をした。最低で最悪な告白を──。
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