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「いや、ちょっとトイレにね」
「そのスリッパは何?」
玲香に言われてまだ手にスリッパを握っていたことに気付く。
俺の頭の中で警告音が鳴り響いた。
ここで虫のムの字も出してはいけない。玲香は極度の虫嫌いだ。Gを見かけたなんて口走ったら最後、この時間にバルサンを買いに行かされ、夜な夜なハウスクリーニングをするハメになる。
スリッパを床に置いて愛想笑いを向けた。
「ああ、ちょとゴミがついていたみたいでね」
「ゴミ?」
まだ怪訝な顔をしているな。
「何でもないよ。暑いから寝室に戻ろう」
頭の中では物入れの中の奴を追っていながら、我が身は寝室に戻らねばならない惜しさは筆舌に尽くしがたい。ため息をこぼしつつ階段に足をかけ、廊下の電気を消そうとしたとき。
「えっ、今の何……まさか、あれ?」
名前を口にするのもおぞましいと言わんばかりの顔で、玲香が廊下の床を凝視している。このタイミングで物入れから出てきたのか? 同じ方向へ目線を走らせたが敵の姿は見当たらない。
「何もないよ、気のせいじゃないか」
「そんなはずはないわ、この目で見たもの!」
浮気現場でも目撃したかのような剣幕で自供を迫ってくる。
「あなた、知っていたんでしょう」
「えっ、な、何のこと」
「とぼけないで。スリッパなんか握って、おかしいと思ったのよ」
もうここまで言われたら白状するしかない。
「実は……知っていました」
「やっぱり!」
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