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第一話;倉田ゼンという男
彼の名前は倉田ゼン。
タクシードライバーで、今年還暦を向かえる。もちろん生身の人間だ。
そこは西暦二三〇〇年の日本地区。
ほとんど全てのものはAIによって管理され、人々の主な移動手段であるバスや電車は全て自動化されていた。人間が運転する事はほとんど無く、それはタクシーも同様だった。
ごく稀に人間が運転する事もあるが、そのほとんどが観光や要人の送迎、緊急車両、一部のマニアに限られていた。
そんな中、
数少ない人間のタクシードライバー倉田ゼンはタクシーを走らせていた。
人通りの少ないビル街を走っていると、一人の女性が手を上げているのが見えた。
「珍しいな」
彼はそう思いながら女性の前にタクシーを停めた。
倉田ゼンが珍しいと思った理由は、タクシーを利用する人のほとんどがAI迎車サービスを使っているからで、路上に出て手を上げる事はほとんど無いからだった。
その女性の風貌は七十歳くらいで、小ざっぱりとした服装に身を包んでいた。
尚、この時代の平均寿命は百二十歳を優に超えていて、七十代はまだまだ壮年期だ。
「いらっしゃませ。どうぞ」
後部座席のドアを開け倉田ゼンがそう声を掛けると、女性は少し驚いた表情で話してきた。
「あらあ、人間のドラーバーさん。珍しいわね」
ドアの向こうから溌溂としたよく通る声が聞こえてきた。
「はい。よくそう言われます」
彼がそう答えると、女性は少し足をかばう様に車に乗り込んできた。
「よいしょ。あ、いいですよ。乗りました」
「はい」
車の自動ドアを閉め、彼は行き先を聞いた。
「どちらまでですか」
すると女性は小気味よく答えた。
「御園タウン駅の前にカフェがあるのをご存知?」
「ああ、はい。知ってます」
「そこまでお願い」
「わかりました」
そして倉田ゼンは車を走らせた。
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