第一話;倉田ゼンという男

1/1
前へ
/3ページ
次へ

第一話;倉田ゼンという男

 彼の名前は倉田ゼン。  タクシードライバーで、今年還暦を向かえる。もちろん生身の人間だ。  そこは西暦二三〇〇年の日本地区。  ほとんど全てのものはAIによって管理され、人々の主な移動手段であるバスや電車は全て自動化されていた。人間が運転する事はほとんど無く、それはタクシーも同様だった。  ごく稀に人間が運転する事もあるが、そのほとんどが観光や要人の送迎、緊急車両、一部のマニアに限られていた。  そんな中、  数少ない人間のタクシードライバー倉田ゼンはタクシーを走らせていた。  人通りの少ないビル街を走っていると、一人の女性が手を上げているのが見えた。 「珍しいな」  彼はそう思いながら女性の前にタクシーを停めた。  倉田ゼンが珍しいと思った理由は、タクシーを利用する人のほとんどがAI迎車サービスを使っているからで、路上に出て手を上げる事はほとんど無いからだった。  その女性の風貌は七十歳くらいで、小ざっぱりとした服装に身を包んでいた。  尚、この時代の平均寿命は百二十歳を優に超えていて、七十代はまだまだ壮年期だ。 「いらっしゃませ。どうぞ」  後部座席のドアを開け倉田ゼンがそう声を掛けると、女性は少し驚いた表情で話してきた。 「あらあ、人間のドラーバーさん。珍しいわね」  ドアの向こうから溌溂としたよく通る声が聞こえてきた。 「はい。よくそう言われます」  彼がそう答えると、女性は少し足をかばう様に車に乗り込んできた。 「よいしょ。あ、いいですよ。乗りました」 「はい」  車の自動ドアを閉め、彼は行き先を聞いた。 「どちらまでですか」  すると女性は小気味よく答えた。 「御園タウン駅の前にカフェがあるのをご存知?」 「ああ、はい。知ってます」 「そこまでお願い」 「わかりました」  そして倉田ゼンは車を走らせた。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加