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第三話 到着
老婦人を乗せたタクシーは十分程走り、目的地の御園タウン駅前に到着した。
「到着しました。こちらのカフェの前でよろしいですね」
「はい、ありがとう」
倉田ゼンは車を停め、自動ドアを開けた。
「ありがとうございます。お客様は自動決済ですので、そのまま降りて頂いて結構ですよ」
「ああ、そうだったわね。ありがとう」
そして女性はゆっくりと車を降り、少しぎこちない歩き方でカフェの中に消えて行った。
「さてと」
彼はそうつぶやき車を再び走らせた。とその時、彼の端末に連絡が入った。
「ん?何だろう」
それは会社からだった。
『只今、倉田様の健康診断を終了しました』
「健康診断?ああ、そう言えば近々やるって言ってたな。でも終了って何だ。俺はまだ受診してないぞ」
連絡の続きを読んだ。
『非接触センサーによる検査結果をお知らせします』
「非接触センサー?何だそれ」
『異常所見は見当たりませんでした。中性脂肪の値が昨年に比べ高くなっています。定期的な運動を心がけ、飲酒は控えて下さい』
「ふんっ、大きなお世話だ」
倉田ゼンはそう呟き、先ほどの老婦人の口ぶりを思い出していた。
そして健康診断の実施時間を見て彼は更に驚いた。
「十時二十五分っ。ついさっきじゃないか。どういう事だ」
そして彼は数日前に見たニュースを思い出した。
人間型の非接触タイプの健康診断AIが完成したと。しかも、見た目は人間そっくりだそうだ。
という事は、さっきのお客様はAIで、いつの間にか体の中を覗かれていたと言う事だ。
「へえ、気付かなかったなあ。怖いもんだ。しかしあれでAIかよ。完璧じゃねえか」
倉田ゼンは嫁ドールを購入した友人を思い出した。彼は「もう本物の嫁なんかいらないよ」と自慢げに話し、倉田ゼンに動画を見せてくれた。それは姿や所作も人間そっくりな見事な出来のドールだった。が、どことなく不自然さを感じたのは否めなかった。
しかし、さっき会った健康診断AIに対しては全く不自然さを感じなかった。ひょっとしたら生の人間だったのかと疑ってしまう程だ。
車は信号で一旦停止し、倉田ゼンはビルの隙間から見える青空を眺めた。
「って言うか、俺は何と話してたんだ」
彼はそうつぶやき、再び閑散とした街中を走り始めた。
~『独り言の時代』おわり~
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