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それはそうだ。きっとお母さんは心配しているはずだ。私たちがここへ来る事は知っている。でも村の人たちを放って帰るのも気が引ける。どうしようか迷っていると住職は私たちを見てにっこり笑った。そして私に話しかけてきた。
「正義感があって優しい婚約者さんですね。絶対に幸せになれますよ」
「はい」
「ご先祖様たちも喜んでいますよ。どうぞ末永く仲良くなさってください」
「ありがとうございます。でも村の人たちが心配です。私たちも行きます」
「村の事は大丈夫ですよ。あなたたちは帰ってください、実果さん」
そう言うと住職はニカッと笑った。笑ってできたシワの部分から顔がボロボロと崩れ落ちていく。その顔はまるで道の脇のお地蔵さんのようだ。
怖くなった私たちはすぐに車を発車させた。何故住職は私の名前を知ってるのか。何故正輝を婚約者と知っていたのか。そしてあの顔……。
今度はスムーズに町に出ることができた。あんなにぐるぐると同じ所を回っていたのが嘘のようだ。
「無事で良かった……!」
お母さんは私を強く抱きしめた。泣いていた。お祖父ちゃんも地震で亡くしたのだ。心配だったのだろう。家に戻れた事は嬉しいが、村の事が気になる。住職もどうしているだろうか。いや、そもそも住職は何者だったのだろうか。
「あの村にはもう誰もいないのよ」
「え?」
お母さんの言葉に耳を疑った。
「あの地震の後、殆どの村人は町に下りたのよ。最後に1人だけ、お寺のご住職さんだけが村に残ったの。でもご住職さんも大分前に亡くなってる。ほら、お祖母ちゃんの納骨には町のお寺さんが来てくれたでしょ?」
そう言えばそうだった。家も殆どなく寒々しい村だと思った記憶がある。
「でも、じゃあ私たちが会った住職さんは……」
真相は分からない。でもあの住職が守ってくれているのでお墓にいるご先祖様たちは今も安らかに眠っているのだ。そしてうちのご先祖様が私たちを地震の被害から守ってくれた事は確かだ。
「結婚したら報告に行こう。その頃には村も落ち着いているだろう」
「うん」
私は正輝の肩にもたれた。優しくて頼りがいがあって安心できる。お祖母ちゃんも絶対に気に入ってくれるだろう。
〈終〉
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