前奏曲Prélude

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前奏曲Prélude

 綺麗な日本家屋に、僕はぽかんと口を開けたまま立ち尽くしていた。 「突っ立ってねぇで入れよ、夢路」  なんだかバツが悪そうな表情でそう言ったのは、奏者だ。  真っ青なセミロングの髪を無造作に垂らしたままのその姿は、なんだか今日は余計に人外的な綺麗さを纏っている気がする。  いや、雰囲気に飲まれているだけだということは僕自身が一番よくわかっていた。  目の前にある、この広い庭の立派な日本家屋、何を隠そう奏者のお宅なのである。 「まずお前は一体何件家を持ってるんだ」  思わずそう突っ込んでしまったのも無理はない。  確か東京にいる間にも二件奏者の家を訪れた。それで、この大阪の地にも家があるとか。どんな金持ちやねん。 「正確に言うと東京のは一件は瞬の家で、この大阪の家は野江家の持ち物だ」  それを、家主無き今、全て奏者が管理している、ということらしい。  手放す気がないのは、おそらく愛した人の生きていた場所だからだろう。 「どっちも人に管理してもらってるし、名義が俺になってるってだけで全然自分のものって言う実感はないけどな」  言いながら、奏者は門を開けた。つうか門がある。  場違い感が否めない。  何となく小さくなりつつ、僕は奏者の後についてその敷地内に足を踏み入れた。 「こんな立派な家にお邪魔しちゃっていいのかな…」 「別にかしこまる必要は無いし、気にすんな。ここも普段は銀色のアトリエとして貸してるし」  銀色さん。便利屋さんだ。  普段は人形師として様々な人形や人形用の小物を作っていると言うから、広いアトリエが必要になることもあるのだとか。  基本的には京都にいるらしい銀色さんだが、仕事の都合で大阪にいる間はメンテナンスも兼ねてこの家に滞在しているのだとか。  確かに、庭も家の中も、綺麗に手入れがされている。 「多分すぐに葬送屋も着くだろ。銀色が迎えに行ってるから」 「そっか。卯之助さんもこの家に泊まるの?」 「その方がいいだろ。どうせあいつ宿に泊まる金なんかねぇんだし」  ごもっとも、である。  やばい薬に手を出して借金まみれの葬送屋さんは、基本的に家を持たない。誰かの家を渡り歩いたり、適当に野宿することもあるとか。  きっと、しばらくは一緒に過ごすことになるに違いない。
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