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ステージが終わって新大橋の交差点に向かうと、万灯流しが始まっていた。貴船広場の方角からおびただしい量の灯火が水門川の水面に揺れている。
「キレイですね」と目を輝かせて、涼やかな煌めきを眺めるツキカさんは、少女のようなあどけなさが残っていた。
「今日、ツキカさんと地元の水都まつりに来られて嬉しかったです。ボクにとっていい思い出になりました」
「どういう意味ですか?」とツキカさんは急に真面目な表情に豹変して、ボクを見据えてくる。
そして「私のこと、覚えてないですよね?」と目をそらさずに問い詰めてきた。
また、想定外のことが起こった。
今までにボクはツキカさんに会ったことがあるのか? まったく思い出せない。
「ま、いいです。でも、私にいつか会いたいとラブコールを送ってくれたのは、あなたの方ですよ。それなのに、一方的に私との関係を終わらせようとしていませんか?」
万灯は、ボクの心を揺らしながら涼やかに流れ続けている。
「おととし、私が大学三年生の時ですけど、インターンであなたが働く岐阜県庁の観光企画課に行きました。その時対応してくださったじゃないですか?」
おととし……。
インターン? あった、確かに。
ようやく、おぼろげな記憶が少し蘇ってくる。
三重大学の学生を何人か受け入れたあの中にツキカさんがいた、ということか?
あの10人弱ほどのメンバーで……。
思い出した! 一番質問をしてきた、あの人だ。
今よりも、もっと幼かっま印象があるけど、そういえば、面影が……。
「あなたはインターンの最後の日に、『県庁に就職したら、また会いたいね。待ってるよ』って私に言ってくれました」
そう。
そういうことをボクは言った。心からそう願っていた。
「だけど、私は県庁に落ちちゃって。それで、ここの婚活パーティーに行きました」
「ここにボクが参加してるってよく分かったね?」
「だってインターンの時、昼休みの雑談で地元・大垣市の婚活パーティにいつも参加してるって話をあなたがしてくれたから」
揺れ続ける万灯を見ていると、今が夢か現か分からなりそうになる。
どうしよう。
ものすごく嬉しい。嬉しいのだけど、自分の願うとおりに物事が進んでいくと、戸惑ってしまう。
こういう時、どうすればいい?
これこそが、本来の生きた現実なのだろう。恋愛マニュアル本ばかりに頼ってきて、本質を見失っていたのは、ボクの方だったようだ。
泣き出しそうな顔をして正直に話してくれるツキカさんの顔を見ていると、やっと、答えが分かった。
こんなことはマニュアル本では決して教えてくれない。
例えエゴに満ちていても、心のままに言葉を発すればいい。
ツキカさんが受け入れてくれるなら、それでいいじゃないか。
そう。深呼吸をして……。
「会いに来てくれて、ありがとう。再会できて、すごく嬉しい」
「それだけ?」
「その、……キレイになったね」
こんなマンガみたいなセリフを言うなんて、顔から火が出そうだ。
「あと1つ、足りません」
あと1つ? ……これだろう。
「これからも付き合ってください」
ツキカさんは、すべてのわだかまりが解けたような、この日一番のピュアな笑顔になる。
果てしなく、険しいと思っていた結婚への道にも、その際限が少し見えた気がした。
そして、万灯は、会場にいるたくさんの人たちの揺れる想いや願いを載せて、いつまでも流れ続けた。(了)
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