見古間里玖の場合

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見古間里玖の場合

授業終了後を告げるチャイムが鳴る。各々部活なり帰宅なりの準備を始めた頃、俺は早く日直日誌を担任に提出して図書室に向かいたかった。 「里玖、手伝うぜー」 「柚子、ありがとう、じゃあ黒板消しといて」 「見古間、手伝うぞ」 「来栖くん、ありがとう、じゃあ国語の提出プリント国語科に持って行ってくれる?」 「「おう」」 足早に教室を去り日誌を届ける、ぱたぱたと急ぎ足のまま図書室に向かうと…… 「こんにちは」 いた。 「こんにちは、羽山 三鶴(はやま みつる)くん」 「フルネームですか」 「じゃあなんて呼べばいい?」 「何でも……」 「みっちゃん」 「お母さんと同じ呼び方」 「みっちー」 「夢の国みたい……」 「何でも良くないじゃん!」 「図書室ではお静かに……ご用件は」 「みっちーがこの前お勧めしてくれた本の感想、手紙にまとめてきたから読んでよ」 「なんで、俺……?」 「みっちーが勧めてくれなかったら読んでないから」 遡る事十日前── 「図書室……まあ、時間を潰すには丁度いいか」 俺は「開かずの踏切で立ち往生してたお婆ちゃんをおぶって歩道橋でその先まで連れて行ってあげたらお礼にみかんをあげるから家に寄ってけと言われたからみかんをいただいてたらテストに遅刻した」という理由で再テストになった柚子を待つためふらっと図書室に立ち寄った。そしてそこで、出会ってしまったのだ。ドタイプの子に。 その子は図書室の受付で、開け放たれた窓から爽やかな風を受け黙々と本を読んでいた。 「こ、こんにちは」 「ん、ああ、こんにちは」 会話がしたかった。何かないかと必死で考えを巡らせて、俺はこう言った。 「お、お勧めの本とかってある?」 「? どんなものを探してますか?」 「その本みたいな感じっていうか、いや、俺でも分かる小説なんてないですか、えっと図書委員の……」 「あ、羽山三鶴です……」 「羽山三鶴くん」 「フルネームですか」 「呼び方考えときます」 「くすっ……はい、あ……お勧めは、その手前の左の棚の……」 「俺探すの下手なんだよね案内して手渡ししてほしいな」 「あ、はい……こちらにどうぞ」 嫌がる素振り一つせず、三鶴くんは俺に本を手渡してくれた。 ……良い子すぎる。 「終わったら受付に返却ボックスがあるのでそちらに入れてください」 「君、何曜日担当?」 「俺……木金担当ですけど」 「じゃあ感想待ってて」 「感想ですか? 本の感想なら受付の隅に感想ボックスがあるので……」 「違うよ勧めてくれた君に」 「俺に……?」 「待ってて、じゃ」 「あ、ちょっと……」 こんなことがあった。俺は初めて教科書以外の本を真面目に読んで感想を認めた。手紙に三枚に渡って。何の苦でもなかった。恋って不思議だ。 「じゃ、じゃあ受け取ります……」 本当この子良い子だよな。 「ありがとう……ございます」 守っていきたい、この笑顔。 「またお勧め借りに来るから、用意しておいて」 「分かり……ました」 いちいち反応が可愛い。ニヤけるのを我慢して、おれは図書室を後にした。 生きる楽しみがひとつ増えた。俺はそう思ったのだった。 To be continued.
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