羽山三鶴の場合

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羽山三鶴の場合

高二の春、俺は人生で初めて恋をした。恐らく片思いだ。俺は図書委員として活動するなかで受付の仕事をするときが何よりの楽しみだった。自習スペースの、前から三番目。俺の初恋相手はそこにいた。受験シーズンで勉強に励む上級生、北木澄子先輩だ。 「(綺麗な横顔……人形みたい)」 本を読んでいるふりをしてまじまじと見つめる。受付から丁度真っ直ぐ見えるいつもの位置で、澄子先輩は勉強に勤しんでいた。話したい。話し掛けたい。接点があったのは大学の赤本の場所を聞かれたときだけだった──。 「あの、すみません」 「はい」 「黎明大学の赤本が見当たらなくて」 「あ、それは……丁度いま僕が読んでます」 「えっと、じゃあ読み終わったら……」 「いいえ、すみません受験勉強の邪魔して……貸し出します、どうぞ」 「あはは、そんな血相変えなくて大丈夫だよ」 「すみません」 「君は偉いね、二年生になったばっかりなのに」 「いいえ、試しに読んでただけなので……」 「俺なんて三年になったから焦ってやるだけだよ」 「いやそんな……どうぞ」 「ありがとう」 「い、いいえ」 そんなやり取りの間、ずっと顔が綺麗で見惚れていたなんて誰にも言えずこうして毎日勉強をしに来る先輩を見たり、居眠りしていたタイミングで本を片付けるふりをしてノートの名前を見たりして、北木と言えば北木柚子くんの兄だろうか、なんて考えながら毎日を過ごしていた。 俺はただの名前も知らない下級生Bなんだろうな……。 そう思うと、どこか腑に落ちないようなモヤモヤとした気持ちに襲われるのだった。
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