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アラスカの入ったカクテルグラスをテーブルに置くと小さくため息をついた。
その後、間に合わないことが確定した段階で会社へと遅刻の連絡をした。ありがたいことに時間をお昼にずらしてもらうことができたため、無事面接を行うことができた。
ただ、遅刻をしたことによる罪悪感からか面接官の質問に対し、頭が真っ白になることが多々あった。いつもと同じように受け答えをすることができず、手応えは皆無に近い。
落ち込んだ気分を浄化するため、帰る前にバーでお酒を飲むことにした。いつもはバーなんて行くことはないのだが、今日だけは一人で強いお酒を飲みたい気分だった。
等間隔に並べられた照明が部屋をうっすらと照らす。目の前にある瓶が並んだ棚にも光が当てられ、ガラスに反射して鮮やかに輝いていた。店内に響く洋楽はしっとりとしており、空間全体を落ち着いた雰囲気にさせている。
店内には俺以外に客は一人で彼は俺の座るカウンターの椅子一つ跨いだ先に座っている。ワインを片手に場の雰囲気を楽しむように瞳を閉じていた。シワのない綺麗なスーツ姿はバーの空間に綺麗にマッチしていた。大人の男性とは彼のことを言うのだと思えた。
それに比べて、俺はまだまだ子供だ。一人で目的地一つも辿り着けないのだから。
「はあー」
今度は先ほどよりも少し大きなため息をつく。
「何かありましたか?」
するとテーブルを挟んだ向かい側から紳士的な低い声が聞こえてきた。見るとタキシード姿の男が笑顔でこちらを覗いていた。ここのバーのバーテンダーだ。
「今のため息聞こえてしまいましたかね、すみません」
「いえいえ。何かお悩みですか? 私で良ければ話し相手になりますよ」
バーテンダーの方は気さくに話かけてくれる。彼から垣間見える優しい雰囲気に俺は思わず、口を開いた。
「実は今、就職活動中なんですよ。それで今日、第一希望の企業の面接があったのですが、うまく行かなくて」
「就職活動、それは大変な時期ですね。何がうまく行かなかったのですか?」
「恥ずかしながら面接に遅刻してしまったんです。自分は幼い頃から方向音痴で、見知らぬ土地ではしょっちゅう迷子になっていたんです。でも、前に登場したスマートコンタクトレンズの三次元ナビゲーションを使い始めて、何とか迷子にならずに済んでいたんです。ただ、今日は通信障害でナビゲーションが使えなくなってしまって、いつもの如く迷子になってしまったんです」
「それは災難な話ですね。少しお待ちください」
そう言うと、バーテンダーの人は後ろの瓶を取り、カクテルを作り始める。
「こちらは私からのサービスです。お辛い経験が少しでも癒えればと思います」
「すみません、気を使わせてしまって」
「いえいえ。それで第一希望の企業とは一体どんな企業なんですか?」
「子供っぽく思われてしまうかも知れませんが、『リーダー』と言うカードゲームを扱っている会社なんです。リーダーは小学生の頃から今までプレイしているくらい自分の中ではハマっているゲームなんです。ただ、昔は社会現象が巻き起こるほど流行していたのに、今はプレイ人口が減って、廃れ始めているんです。だからこそ、会社に入社してまたあの時と同じような社会現象を巻き起こそうと思って、志望しました。しかし、こんな様じゃ、とてもじゃないですが、無理そうですね。世の中、熱意だけではうまくいきそうにない」
「お客様の思い入れのある会社だったのですね。それは確かに残念ですね」
「はい」
「ちょっと、いいかな?」
バーテンダーの方と話していると不意に俺の横にいた客がこちらへと声をかけてきた。反射的に向くと彼は俺を微笑ましそうに見ている。俺の話で何をそんなに嬉しがることがあったのだろうか。
「その話、もう少し詳しく聞かせてもらってもいいかな?」
男は興味を注がれるように俺へと問いかけた。
俺は訳がわからなかったが、お酒に酔ったせいかその男に自分の思いを語ったのだった。
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