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1. On Your Mark
私は、陸上競技場のフィールドにいた。
目の前には、真っ直ぐ伸びる走幅跳の助走路。
フィールドは暑い。助走路の先の白い踏切板が、立ち上る陽炎で揺らぐ。降り注ぐ日光、あるいは周囲の観客席からの熱気が生み出す、空気と光の現象。
陽炎の向こうで、試技開始の合図が出された。観客の緩やかな手拍子が、徐々にスピードを上げる。選手の気分を高揚させる、一連の儀式。
それなのに、拍手と共に私の内側でせりあがってくるのは、高揚感ではなく焦燥と緊張。気道が締まり、呼吸が浅くなる。
陽炎が揺らぐ。踏切板が遠ざかる。
私の足は、動かない。
「――!」
ハッと目を覚まして最初に見えたのは、自室の見慣れた天井だった。カーテンの隙間から差し込む朝日は、既に眩しい。
呼吸が落ち着くのを待って、ノロノロと頭上の目覚まし時計を確認する。アラームが鳴るにはまだ早い時刻だ。
その下の日付を見て、私は大きく息を吐いた。
「……今年も、もうそんな時期か」
もうすぐ八月。
忘れたい過去――四年前の出来事を下地にした夢を、この時期の私は頻繁に見る。
私はベッドに横になったまま、手術跡の残る右膝を抱えて丸まった。
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