4. Sprint

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 午後は、図書室で勉強することにした。  前よりもずっと早く、問題が解ける。波は見えないけど、物理の解法のポイントは掴めた感じだ。  イヤホンから流れるメロウなファルセットに乗って、私は無心に手を動かす。  明日の特講の問題は、時間にかなり余裕を持って、全て解き終えた。  休憩しようと、書架コーナーに向かう。  手にしたのは、鮮やかな虹が表紙の写真集。高良(たから)君が見たら、光の屈折率の話になりそうだ。  ひっそりと笑みが(こぼ)れた。  パラパラとページを(めく)っても、考えるのは別のことだ。  高良君との勉強会は、もう終わっても良い気がする。彼との正しい距離感が分からなくなってきているし、潮時だ。互いの教科の弱点は、大体克服できた。高良君が先行で与えられた課題も、昨日で全部終わったし――  その時、本を元の位置に戻す音が、すぐ隣から聞こえた。私は、本から視線を転じた。  反射的に、身体が強張る。  隣に立っていたのは、高良君だった。  彼が書架に戻したのは、化石に関する本だった。少し前、将来は古生物学者になるのが夢だと言ってたっけ。 「高良君、偶然ね。部活はもう良いの?」  咄嗟(とっさ)に笑みを顔に貼り付け、私は小声で彼に話しかけた。 「ああ。(たちばな)さんは?」 「私はココで自習。気分転換に本見てたの」  高良君の低められた声や、彼との距離の近さに、妙にドキドキする。それを気取られないよう、私は冷静に写真集を書架に返し、学習スペースに戻った。  自習を再開した私の隣で、椅子が引かれた。高良君が無言で座り、私を見る。  私は、すぐにノートに視線を固定した。 「……変な感じ」 「何が」 「教室以外の場所で、高良君が隣にいる」 「駄目か?」 「そういうわけでは……」  彼の声音に、聞き馴れない何かを感じる。それは、私の心を酷くざわつかせた。  問題を解く手が止まる。  駄目だ、集中できない。  私は嘆息すると、手早く荷物をまとめ、席を立った。私を見上げる高良君と、視線がぶつかる。 「話があるの」  (ささや)くような私の声に、高良君は無言で頷いた。
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