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図書室を出て、渡り廊下を歩く。そのまま階段に差し掛かったところで、高良君が口を開いた。
「話って?」
足を止め、私は彼を見上げた。首の上下で年齢が違うと評判の童顔、精悍なベリーショート。
こんな近距離で憧れの人を見るのも、多分これで最後だ。
「勉強会、もうやめよう?」
勉強道具を抱える手に力が入る。高良君が、静かに私を見下ろす。その目がゆっくりと瞬いた。
「出発まであと一日ある」
「でも、もう良くない?」
わざと軽い口調で苦笑してみせる――それがいけなかった。
高良君の雰囲気が一変する。
「俺はお役御免か」
「そうじゃない、私の方が――」
「それとも、たとえ約束でも、俺に割く時間はもうないか」
「高良君?」
話が、私の予想と違う展開を見せ始めた時だった。
「髙橋とは親しいんだな」
脈絡のない、唸るような高良君の詰問に、私は眉を顰める。
「まあ、間に由奈――前橋さんがいるけど。あの二人は私の恩人だから」
「それは、四年前の怪我と関連が?」
「……何を言って」
「もし、その事情を知っているかどうかで区別されているなら心外だ。俺だって多少は承知している。その右膝、生活には支障ないが、もう全力疾走はできないんだろ。あんなにも跳べたのに」
私は咄嗟に叫んだ。
「なんで知ってるの!」
頭を横から殴りつけられたような衝撃。目の前がぐらりと揺れる。
私の右膝とそれにまつわる諸々は、他の生徒には公表しない。それが学校側との取り決め。
それなのに、高良君は知っていると言うの?
「ごめん。今のは言うべきじゃなかった」
私のあまりの狼狽ぶりに、高良くんの顔にも申し訳無さが浮かぶ。
「……帰る」
震える声で言い切った私は、足早に階段を上った。
「橘さん」
焦りを含んだ高良君の声が、背中にぶつかる。
それを無視し、階段を半分くらい上がった時だった。
右膝に、激痛が走った。
「――!」
私は声にならない悲鳴を上げる。
右膝に力が入らない。バランスが崩れる。咄嗟に手摺に伸ばしたはずの手が空を切る。中途半端な体勢だったのか、左足でカバーできない。
身体が後ろに傾ぐ。足が階段から離れる。天井が見えた。
――頭、打つかも。
私は、衝撃を覚悟した。
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