4. Sprint

3/6
前へ
/20ページ
次へ
 図書室を出て、渡り廊下を歩く。そのまま階段に差し掛かったところで、高良(たから)君が口を開いた。 「話って?」  足を止め、私は彼を見上げた。首の上下で年齢が違うと評判の童顔、精悍(せいかん)なベリーショート。  こんな近距離で憧れの人を見るのも、多分これで最後だ。 「勉強会、もうやめよう?」  勉強道具を抱える手に力が入る。高良君が、静かに私を見下ろす。その目がゆっくりと(またた)いた。 「出発まであと一日ある」 「でも、もう良くない?」  わざと軽い口調で苦笑してみせる――それがいけなかった。  高良君の雰囲気が一変する。 「俺はお役御免(やくごめん)か」 「そうじゃない、私の方が――」 「それとも、たとえ約束でも、俺に割く時間はもうないか」 「高良君?」  話が、私の予想と違う展開を見せ始めた時だった。 「髙橋(たかはし)とは親しいんだな」  脈絡のない、(うな)るような高良君の詰問に、私は眉を(ひそ)める。  「まあ、間に由奈(ゆな)――前橋(まえはし)さんがいるけど。あの二人は私の恩人だから」 「それは、四年前の怪我と関連が?」 「……何を言って」 「もし、その事情を知っているかどうかで区別されているなら心外だ。俺だって多少は承知している。その右膝、生活には支障ないが、もう全力疾走はできないんだろ。あんなにも跳べたのに」  私は咄嗟(とっさ)に叫んだ。 「なんで知ってるの!」  頭を横から殴りつけられたような衝撃。目の前がぐらりと揺れる。  私の右膝とそれにまつわる諸々(もろもろ)は、他の生徒には公表しない。それが学校側との取り決め。  それなのに、高良君は知っていると言うの? 「ごめん。今のは言うべきじゃなかった」  私のあまりの狼狽(ろうばい)ぶりに、高良くんの顔にも申し訳無さが浮かぶ。 「……帰る」  震える声で言い切った私は、足早に階段を上った。 「(たちばな)さん」  焦りを含んだ高良君の声が、背中にぶつかる。  それを無視し、階段を半分くらい上がった時だった。  右膝に、激痛が走った。 「――!」  私は声にならない悲鳴を上げる。  右膝に力が入らない。バランスが崩れる。咄嗟に手摺(てすり)に伸ばしたはずの手が(くう)を切る。中途半端な体勢だったのか、左足でカバーできない。  身体が後ろに(かし)ぐ。足が階段から離れる。天井が見えた。  ――頭、打つかも。  私は、衝撃を覚悟した。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加