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次の瞬間、私を包んだのは校舎の硬い床ではなく、私よりも温度の高い、しなやかな身体だった。
「大丈夫かっ?」
すっかり耳に馴染んだハスキーボイスが、至近距離から降ってくる。振り仰げば、可愛らしい顔が食い入るように私を見つめていた。
声もなくコクコクと首を縦に振る。その固い表情が、ふにゃりと解けた。
「良かった」
高良君の安堵の波と共鳴するように、私は呼吸することを思い出す。
ドッと現実が押し寄せた。耳の奥で、拍動が痛いくらいに響く。
階段から落ちた。間一髪、高良君が助けてくれたから無事だけど、危うく大怪我になるところだった。
そうだ、高良君。
「怪我! 高良君怪我してない?」
冷静さを放り出し、私は高良君のあちこちを触る。だけどその手は、すぐに高良君によって引き剥がされた。
「橘さんストップ。俺は無事だ」
「え、でも――」
耳まで真っ赤になった高良君を見て、私は漸く自分を客観視できた。
ここは二階の階段下。私は抱き合うような体勢で、高良君に支えてもらっている。
周りに誰もいないのが、せめてもの救いだ。
「えぇと……ご、ごめん」
熱い頬を俯け、慌てて高良君から離れる。私のポンコツな右膝は、今度はしっかりと身体を支えてくれた。
「助けてくれてありがとう。巻き込んでごめんなさい」
目を見て感謝の言えない自分が情けない。けど、顔から熱はまだ引かないし、落ちる直前のやり取りを思い出して居た堪れないしで、私は彼の襟元より上に視線を上げられなかった。
互いに沈黙すること数秒。先に動いたのは高良君だった。
「橘さん、少しここにいて」
「え?」
「良いから」
話が見えず、おろおろと私が顔を上げた時、高良君は既に階段を駆け上がっていた。
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