4. Sprint

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 次の瞬間、私を包んだのは校舎の硬い床ではなく、私よりも温度の高い、しなやかな身体だった。 「大丈夫かっ?」  すっかり耳に馴染んだハスキーボイスが、至近距離から降ってくる。振り仰げば、可愛らしい顔が食い入るように私を見つめていた。  声もなくコクコクと首を縦に振る。その固い表情が、ふにゃりと(ほど)けた。 「良かった」  高良(たから)君の安堵(あんど)の波と共鳴するように、私は呼吸することを思い出す。  ドッと現実が押し寄せた。耳の奥で、拍動が痛いくらいに響く。  階段から落ちた。間一髪、高良君が助けてくれたから無事だけど、危うく大怪我になるところだった。  そうだ、高良君。 「怪我! 高良君怪我してない?」  冷静さを放り出し、私は高良君のあちこちを触る。だけどその手は、すぐに高良君によって引き()がされた。 「(たちばな)さんストップ。俺は無事だ」 「え、でも――」  耳まで真っ赤になった高良君を見て、私は漸く自分を客観視できた。  ここは二階の階段下。私は抱き合うような体勢で、高良君に支えてもらっている。  周りに誰もいないのが、せめてもの救いだ。 「えぇと……ご、ごめん」  熱い頬を(うつむ)け、慌てて高良君から離れる。私のポンコツな右膝は、今度はしっかりと身体を支えてくれた。 「助けてくれてありがとう。巻き込んでごめんなさい」  目を見て感謝の言えない自分が情けない。けど、顔から熱はまだ引かないし、落ちる直前のやり取りを思い出して()(たま)れないしで、私は彼の襟元より上に視線を上げられなかった。  互いに沈黙すること数秒。先に動いたのは高良君だった。 「橘さん、少しここにいて」 「え?」 「良いから」  話が見えず、おろおろと私が顔を上げた時、高良君は既に階段を駆け上がっていた。
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