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走るのが好きで、跳ぶのが楽しくて。最初はそれだけだった。
大人は、それを「才能」と呼んだ。
言われるままに走り、跳ぶ。気がつけば中学一年の夏に、女子走幅跳で全国一位になった。
色んな大人が私に群がった。跳べば皆が私を褒めた。多くの支援と制約を受けた。同年代の友達とは疎遠になった。私は全てを甘受した。大会成績が良ければ、両親は喜んだから。
満を持して出場した翌年の全国大会。
試技中に私の膝は壊れた。
大きな手術をした。けれど、様々な思惑、肉体の変化、その後の紆余曲折で、私の膝は永遠に元に戻らなくなった。
私は、陸上競技から離れた。
大人達は手のひらを返した。潮が引くように、周りから人が消えた。謂れのない誹謗中傷を受け、顧問からは詰られた。
両親は離婚した。
私は苗字を変えて中学を移った。母は「陸上のせいで花純が傷物になった」と言い続けた。せめて学業だけでもと思い成績を上げれば、「勉強しかできない」と嘆かれた。
自分でも、そう思い込んだ。
由奈と髙橋は、面倒を抱えた私に自然に寄り添ってくれた、当時の数少ない友人だ。高校で再会した時は奇跡だと思った――
最寄り駅に向かう道で、右隣を歩く高良君に、私はそんな事をポツポツと話した。
あの後すぐ、高良君は私の荷物を持って戻ってきた。そして、呆気にとられた私に「駅まで送る」と申し出てくれ、現在に至る。
高良君を伺う事はできなかった。私の自分語りを、彼はどんな思いで聞いたんだろう。
「……その大人達を全員ぶん殴るには、どうしたら良いだろう」
「高良君?!」
ややあって聞こえた物騒な呟きに、私はギョッとなる。振り仰いだ彼の横顔は、可愛い割に相変わらず表情が乏しく、一見淡々としている。
でも多分、これは怒ってる。
「橘さんは、尊重されるべき場面で大人のエゴに振り回された。相手は殴られて当然だ。
そして、さっきは本当にゴメン。無責任な発言をした」
「ああいやそんな、もう良いの。むしろ聞いてくれてありがとう、重いし引かれると思って誰にも話したことなくて」
「引くとかあり得ない」
即答する高良君の声の強さに、私の胸がホワっと温かくなる。
「うん、ありがとう」
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