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処置室の前のベンチに座る3人。
震える自分の手を握りしめる蓮の肩を、雅哉が力強く抱いた。中から人が出てくる気配がない。
「減圧症かな・・・いや、でも・・・」
「俺が・・・」
「ん?」
「俺が、悪い。明日海、あんまり、体調良くなかったのに・・・大丈夫、とか、口だけじゃなくて、ちゃんと、ちゃんと明日海のこと見て、止めるべきだった・・・」
雅哉が床に膝をつき、視界に入るように蓮の前に座り直した。
『そんなの、俺だって同じだ。俺は消防士で、ダイビングも経験者だ。もっと、危機感もつべきだった。自分ばっかり責めるな、蓮』
『・・・違う』
『なにが?』
『俺は、心のどこかで、明日海は大丈夫だって思いこんでた。何かあるとしたら、俺の方で、耳のこともあるし、先に死ぬのも俺の方だって思ってた。だから、だから、明日海に負担かけないように、早く一人前になって、安心させてやりたいって・・・自分のことばっかり考えてた。明日海に、なにかあるなんて、考えてなかった・・・』
手話をしながら、蓮の目から涙が溢れた。
『明日海に、もしものことがあったら、俺のせいだ』
次の瞬間、雅哉の右手が蓮の左頬に飛んだ。
バシッと大きな音が廊下に響く。
「ちょ、雅哉!やめてよ!なにすんの!?」
雅哉と蓮の間に入る杏。雅哉が蓮の顔を自分の方に向かせる。
「なにふざけたこと言ってんだお前。自分の嫁さんになる人が、今生きようって必死に闘ってんだよ。何弱気になってんだよ。お前が遠くに行っても、それでも待つって決めた明日海ちゃんの気持ち、分かってんだろ?しっかりしろよ、幸せにするって決めたんだろ?お前がそんなブレッブレでどうすんだよ!」
「・・・」
蓮が自分の腕でぐいっと涙を拭った。
「・・・何か、冷やすもの買ってくるから。珈琲でいい?雅哉も、飲むでしょ?」
「・・・ああ」
缶コーヒーを抱えた杏が戻ってくるのと、中から医師が出てくるのはほぼ同時だった。
「えっと、吉良明日海さんのお連れ様」
「はい、・・・あ、蓮」
雅哉が蓮の腕を引っ張って立たせる。
「いくつか、伺いたいのですが」
女性医師が、ホワイドボードに文字を書いていく。
〝何か持病はありますか?〟
不安そうな顔をしながら首を横に振る蓮。
〝今飲んでいる薬は?〟
首を横に振る蓮。そのほかにも、いくつか質問をされているようだったが、全てに蓮は正確に答えていた。
〝ご家族は?〟
その質問には、蓮がホワイトボードを受け取って〝婚約者です〟と書いていた。それを見た杏の目に、涙が流れた。
医師がホワイトボードに続けて書いている。蓮に向けた途端、蓮がハッとした。
動かない蓮に、杏が心配になり、覗き込む。
「蓮?どうしたの・・・」
ホワイトボードには〝妊娠の可能性はありますか〟と書いてあった。
次の日の朝。
明日海が病室で目が覚めると、ホテルから持ってきたらしい明日海の荷物を整理している蓮の後ろ姿が見えた。
振り返った蓮が、目を開けた明日海に気づき、駆け寄った。
「・・・蓮君」
蓮の目から、涙が零れた。明日海を抱きしめる蓮。そっとベッドから腕を出し、蓮を抱きしめ返す明日海。
しばらく身体を寄せ合ったあと、ゆっくりと蓮が身体を離した。
『目がさめなかったら、どうしようかと思った』
『ごめんなさい』
『ん?』
『あなたとの、大切な命、気づかなくて危険な目に遭わせてごめんなさい』
『俺の方こそ、ごめん』
「え?」
『明日海のこれからの仕事奪うようなことになって、ごめん。明日海は俺の背中押してくれたのに』
『あなたを好きになったのも、あなたに好かれたいって思ったのも、私』
そっと明日海の頬に触れる蓮。
『私、あなたに、嘘をついてしまった』
『え?』
自分のお腹に手を当てる明日海。
『蓮君に、あなたのことが一番大事って言ったのに、今私、この子のことが、何よりも、誰よりも大事』
『・・・それでいいんだよ。この子を大事にしてくれる明日海ごと、俺が、幸せにするから』
『・・・うん』
涙を流しながら、必死に頷く蓮。そしてまたそっと明日海を抱きしめる蓮の背中を病室の外から見ていた杏と雅哉が、足音を立てないように去っていった。
一か月後。
快晴の空を、飛行機が一機、横切っていった。それを見上げる茉優。そこへ、買い出しから蓮が戻ってきた。
『ただいま』
「・・・おかえり」
食材を並べる蓮。横から茉優が蓮の肩をちょんちょんと突いた。
「ん?」
「後悔してないの?」
『まったく』
「即答するじゃない」
『1年、伸びただけだし』
ニヤッと笑う蓮。ふう、とため息をつく茉優。
『お帰り、蓮』
『ただいま帰りました』
フロアから結城が入ってきた。
『またジョエルから連絡が来たぞ。ベビーを寝かせるベッドはこれでいいのか?ってな』
スマートフォンを蓮に向ける結城。顔を顰める蓮。
『・・・派手過ぎません?』
『ヤツの趣味だ』
『なんですか、この赤いの』
『昔ながらのフランスのベビーグッズで・・・よく分からん』
苦笑いする結城。
『しかし、諦めるかと思ったら、1年待つから何が何でも来い、だもんな。そうとう気に入られているな、蓮』
『死ぬかと思うくらい、こき使われただけなんですけどね』
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