壊れかけたラジオ

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 私はゆっくりと目を開けた。散らかったままの鞄からスマホを取り出す。メッセージに返事をしていない私に対して、恋人は何も言わない。ここで私が消えても、しばらくはきっと誰も気付かない。  自由とは孤独だ。コンビニの白熱電球の色が歪んでいく。マスクをしている口元が熱くなり、思わず私は嗚咽を漏らした。 『おはようございまーす』  ふと、声が響いた。  連続している日々の境界線を明確にする挨拶。どきりと鼓動を鳴らした私はカーラジオの音量をあげようと操作をするが、周波数は狂うばかりでノイズが広がり、その狭間からどこか懐かしい歌謡曲が流れてきた。  先ほどの声は、確かに恋人のものだった。私はスピーカーを眺めながら、周波数を合わせようと無我夢中でパネルをタッチした。  この世に自由と不自由が混在しているように、幸福と不幸も隣り合わせで存在している。恋人とのメッセージのやり取り、SNSの閲覧歴、散らかった部屋、日常が途切れる出来事は思いがけずにあっけない。先ほどの交差点で、数秒のずれがあったらトラックとぶつかっていたかもしれないのだ。  ラジオからは明日の希望を歌うメロディーが響いているのに、悲しみはさらに深くなり、パネルから手を離した私はハンドルに頭を伏せて涙を流す。日常に積もった悲しみも、かつ丼を美味しいと思えた喜びも、ラジオから流れる長調の和音によって混ざり合っていく。私は顔を上げて濡れたマスクを外した。息苦しさが少しだけ軽減した。 『朝早くから頑張っている皆さんに、懐かしい一曲をお届けしました』  周波数の合ったラジオからは、知らないDJの声がクリアに響いた。  午前四時、私は来た道を戻るために国道を運転する。東の空が少しずつ白ばんでいき、一日の始まりを世界に知らせている。ラジオはもう壊れていない。  いつの間にか、雨はあがっていた。
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