地球オタクの宇宙生命体が晴れて地球配属になったので地球を満喫する話

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 眼下に広がる青い星。  付箋だらけのガイドブックが空中を漂っている。  漂流するガイドブックは何者かに掴まれる。  「これ忘れるよ」  「あっ、ありがとう」  「……そんなにあの青い星が好きなの?」  「え、うん、そりゃあ——好きだよ。子供の頃からずっと行きたくてしょうがなかったんだ。だから今回配属先が青い星に決まって心底安心してるし、同時にちょっと驚いているし。なかなか自分の希望通りにいかないってウワサだったからさ。まあ僕も本気だって姿勢を見せなきゃいけないな、と思って原稿用紙200枚に思いの丈を綴ったし、毎日青い星配属にしてほしいんですって通ったし、普段から青い星が好きだってアピールはしてきたから。そこを評価してもらったのかも。そうそう、青い星って口からものを食べるし、味を感じることができるんだって知ってた? なんて非効率なエネルギー吸収なんだろうって僕も最初思ったんだけど、味覚なんかも発達してて食べることを楽しんでいるんだって。はあ。不思議な生き物だ……そうそう、あの青い星って住民からなんて呼ばれているか知っ」  「君はオタクだな?」  「……えっ!? そんなことないよ!? 全然知識ないし」  「見るからにオタクの言動だったよ」  「はっ!? うそ、普段隠してるのに」  「はみ出てるよ。むしろむきだし」  「そ——そんな……擬態できてないだとぅ……!?」  「……そんなにあの青い星が面白いの?」  「そりゃあ——もう」  「あ、語らなくていいから。もう降りるし」  「次で降りるの? 珍しいね。青い星まであと一駅なのに」  「田舎に飛ばされたのさ」  【今宵も銀河鉄道にご乗車いただきありがとうございます。次は兎の都ー、兎の都です】  「ワタシはクレイダ。あなたのことは入社してきた時から知ってるよ。筋金入りの青い星オタク君」  「だって最高なんだよ、青い星——地球は!」  ドアが閉まり、ゆっくり列車が滑り出す。外のクレイダは呆れたような顔をしつつも、口元には微笑みがあった。  情報端末(スマホみたいなもん。ここではネクリンクと呼ばれている)に通知が入る。クレイダのIDからメッセージが入っていた。  お互い、配属先で頑張ろうね。  ありがとう。そうだね。頑張ろうね!  地球オタクの僕を乗せた列車は、まもなく地球に辿り着こうとしていた——。  配属というのは、いわゆるスパイだ。  僕の星は宇宙で大きな権力を持っていて、他の星が大きな顔をするのが嫌いなのだ。  だから、怪しい行動をしていないか毎年スパイを送ってて、僕はついにやっと今年、配属になった。  青い星は僕の星からするとダサダサでヘボヘボ、という評価なので敵対順位はほぼ最下位だ。配属になるとバカンスだとか惑星際族とかからかう人もいる。でも僕は小さい頃から青い星の文化が大好きだったので、そりゃあもう決定した時は4つしかない腕を振り上げてバンザイしたし、8つしかない足で最高に喜びを表した。  「しばらく腕2つ足2つの生活だからなー。筋トレしなきゃ」  駅に降り立ってスーツケースを引きながら、指定された集合住宅へ向かう。  「あああ、ああ、地球の空気っ…………!!」  地上に降り立った僕は腹の底から深呼吸した。目の前を大量の車が排気ガスを出しながら通り過ぎていく。  「空気が濁ってなくておいしい……!」  「ママあのひと」  「シッ」  当たり前だけど地球人がたくさんいる! 最高すぎる! もう僕はあなたたち全員に会いたかったんですって握手して回りたいし全員からサインがほしいけど、研修で死ぬほど絞られたのでそれは難しい。  スズメが飛んでいる! すごい!  カラスがゴミを漁っている! 最高だ!  おじさんが傘をゴルフというスポーツの道具みたいにして振っている! これこれ!  酔っ払いが寝ている! すごい! おしりが見えている!  目を輝かせながら歩いていると、着信が入った。  「アシタ!!!!!!!! GPSで場所を押さえているぞ!! いい加減にしろ! 遅刻だ!」  「す、すみません、今すぐ行きます!」  通話を切って急いでワープする。  「ね、ねえママ今あのひと消えたよ!? 消えたよ!?」  「えー?」  「ま、ママほんとうだよ!! びゅって! びゅって!!」  「遅刻の上に初日からワープを使うなんていい度胸をしているな」  「すみません……」  「いいか? 青い星は我々ほどの文明も知識も持ち合わせていない。ワープしたのを記録されたらお前はどうなる? 我が星はどうなるんだ?」  「すみません……」  「青い星オタクだからここに配属されたのは自分が一番わかっているな? 問題を起こしたらすぐに穴送りだぞ」  「それだけはッ……!」  「じゃあ品行方正であれ。1年間しっかりと監視しろ。わかったな」  「……はい」  部長のオロロゲボさんは厳しい。色んな星を渡り歩いていて、惑星配属のベテランだ。まさか初日から怒られるとは。  まあ、地球配属になれたから他何を言われてもノーダメなんだが。  「はい、というわけで人事異動で⭐︎▲課から我が課に配属になった芦田君です。みんな仲良くするように〜」  「小学校じゃないんだから」  笑いがこぼれるオフィス。  配属先、もとい潜入先はオフィス街の一角にある、普通の会社。地球人の脳みそをちょっといじっているからみんな疑問に思わない。  「芦田さんどこ出身なの?」  「あー、埼玉っす」  「そうなんだー」  一番警戒されなさそうだからそういうことにしている。  「……芦田さんのお弁当すごいね」  「……そうですか?」  周りを見てハッとする。やりすぎた。  地球ではお昼時にお弁当を広げて食べると知ったけど、僕が擬態している成人男性はキャラ弁とか作らないらしい。なんでだよ! かわいいじゃん! 作れや!  「や、わかんないよー。意外と彼女いるのかも」  「あ、一人暮らしなんでいないですね」  沈黙。  あ、違うこれ。彼女に作ってもらったルートにすべきだった。  成人男性がキャラ弁作った事実を強調しただけだ。  正直さが裏目に出た。なるほど、地球人、手強いぞ。そして尊い。知能がある。  女性陣は沈黙しているが、一人口を開いた。  「芦田さんは器用なんですね。イベントの時に戦力になってくれそうですね」  彼女はメガネをかけていて(メガネは僕の星にない文化なのでもうそれだけでめちゃツボ)、あまり派手な感じではなかったけど、可愛く見えた。いや地球人みんな可愛いんだけどね。  「あなたは……」  「桜木梅って言います」  「すごい……」  「親が再婚してて。すごい名前ってよく言われるんです」  「全部に木へんが入っていますね……すごい!」  「そこなんだ」  拝啓、故郷の第一お母さん、第二お母さん、第三お母さん、第四お母さん、第二お父さん。僕のクローンたち。  僕、念願の地球配属となりましたが、擬態するのってすごく難しいです。  がんばります。
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