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小さな会社というのは、なるだけ波風をたてない事で上手く回るものだ。
けれど、それが正しい事とは限らない。真面目で正しい人間には無視できない事もあるだろう。例えば、里見のように。
気になっていたこと、聞いてみたい。
「もしかして、違ったらすみません、あの、専務に注意したとかか? セクハラのこと」
「っ、やはり君もセクハラを知っていたのか」
「なんとなく、ですけど」
里見は小さく息をついて、俯く。つむじが見えて、妙に可愛く感じた。普段見ない場所だからだろうか。
「専務は、もうしないと約束してくれたのだが本当に止めたのか気になっていて。君は中内さんと付き合っていると思ってたから、その、知れば気を悪くするかと思って」
本当に、この人は部下の為に専務にたてついたのだ。一見、そんな事しそうにないおとなしい印象なのに、意外と中身は芯が強いのかもしれない。それは、何故か松谷を喜ばせる発見だった。
「専務のセクハラか、どうだろう、でも、最近は女の子の愚痴を聞いてませんね」
「そうか」
心底ほっとしたように顔を上げた里見は、微かに笑みを浮かべている。
――本気かよ、この人。
専務の里見への当たりが強くなったのは、間違いなくこのせいだろう。それなのに、まだ部下の心配をしている。
セクハラが少なくなったのも里見への嫌がらせにシフトしたせいかもしれないというのに。
「課長って優しいですね」
「優しい? そんなんじゃない。ああいう事が好きじゃないだけだ」
真面目ゆえにか、それとも潔癖なのだろうか。どちらにしろ、それは正しい感情だろう。少なくとも、なあなあで過ごしたい自分とはやはり対極にいる人なのだ。
「でも、女の子達は言ってますよ、里見課長が一番信頼できるって」
これは本当の事だ。女の子の見る目は凄い。
すると、里見は一瞬目を見開いてから、ゆっくりと表情を緩める。口角が持ち上がり目じりが下がる。
「そうか」
呟いた時には、見た事もない程に笑っていた。開いた唇の隙間から見える歯並びは、やはり悪いとは思えない。
昔恋人に指摘されたと言っていたが、それがトラウマになっているのかもしれない。そういえば、歌を歌う時、口を開かないなと思っていたが、歯を見せたくないからなのか。それを克服すれば、もう少し声が出しやすくなって、音程も取りやすいのではないだろうか。
「課長、やっぱ、歯並び悪くないですよ?」
「っ」
笑っている事に今更気付いたのか、里見は慌てて口元に手を当てたりしている。
もう今更なのに。
声をたてて笑う松谷をうらめしげに見つめた里見は、ばつが悪そうにそっぽを向いてしまった。
なんだろう、これ。
里見を苦手だったはずなのに、そんな感情が解きほぐされていく気がする。それはなんだか、心踊る気分に松谷をさせた。
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