音痴な上司の攻略法

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◇  芝浦蒲鉾への営業から初めてのカラオケ教室の日、里見より先に着いた松谷は、予約部屋のソファで腕を組んでいた。  どうにも調子がおかしい。あんなに毎日が楽しく変わっていたはずなのに、ここ数日は重いものでも飲み込んだように、息苦しい。朝も起きれなくなって里見との二人の時間はまた減ってしまった。  だからなのか、今日のカラオケ教室が楽しみだったのだ。  なのに、約束の時間になっても里見は現れないのだ。基本的に几帳面で真面目な里見は、待ち合わせ時間十分前には必ず到着する。それが、今は五分過ぎている。何かあったのかと携帯に電話をしてみたが、長々と呼び出し音が鳴るだけで、少しも声が聞こえない。  本当に何かあったのか。心配がピークに達した時だった。  ようやく待ちわびた電話が鳴る。  「里見課長!? 何かありましたか?」  少し慌てすぎたのが格好悪かったが、それには何も触れずにただの謝罪が戻ってくる。 『すまない、仕事の事で、少し遅れる』  定時に上がった松谷だったが、里見も今日はたてこんだ仕事はなかったはずだ。何か緊急事態でもあったのだろうか。 「あの、俺、戻りましょうか?」 『いや、大丈夫だ。それより君を待たせるのは悪いから、今日はやめにしても』 「いえ、待ってます」  久しぶりに二人で会える大事な時間なのだ。少し遅れるくらいなんという事ない。  ……って何で俺、こんな必死なんだ?  自分でもよく分からなくて首を傾げた瞬間だった。 『壮也、さっきの書類だけど……って電話か、悪い』  村上の声だった。 『あっ。すまない、松谷君、また電話する』  何の声を出す暇もなく、電話は一方的に切れた。里見と電話で話すのは初めてではないが、こんな風に先に切られたのは初めてだ。
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