音痴な上司の攻略法

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「村上部長と、ほんとに仲良しなんですね。普段は名前で呼んでるんですか?」 「っ、電話、聞こえてたのか。すまない、仕事中はやめろと言っているんだが」  何故、里見が村上の事で謝るんだろう。苛々する。 「遅くなったから、もう始めよう。この間注意された声の大きさなんだが」  遅くなったのは、村上といたからだろう。 「村上部長が、好きなんですか」 「はあ? 何の話をしている?」  里見は心底驚いたように顔をゆがめた。松谷の邪推は間違えていたのかもしれない。その事に少し安堵したが、それに呼応するように、体のどこからか押さえきれない程の欲望が溢れてくる。 「部長は、あんたが音痴な事知ってるんですか」 「何だ、急に? 薄々気付いているんじゃないかな」  里見を名前で呼べる村上。その村上も知らない事を、自分は知っている。それは、甘く薄ら暗い優越感だった。こんな満たされ方は知らない。もっと、村上の知らない里見を知る事はできないだろうか。  ――村上さんだけじゃなく、誰も知らない、俺だけの里見さんを……。  いぶかしむように目を細める里見との距離をもっと縮めたい。何故、こんな事を考えてしまうのか、もう、冷静に分析もできなければ理由も分からなかった。  ただ、欲望だけが鮮やかに胸元を走る。  マイクを握ろうとしていた里見の手を握ると、強く引き寄せる。白い指に視線を落としてからそっと顔をよせると、息を飲んだ唇が近かった。熱い息を、感じたかった。  触れた唇の柔らかさに、背中から震えが走る。その場所は熱いというより、暖かい。これが里見の熱なのだと思うと、むしゃぶりつきたくなったが、どこかで鳴り出した携帯の呼び出し音が、松谷を正気に戻した。  同時に我に返ったのか、里見の腕が力まかせに松谷を突き飛ばす。 「な、なんで」 「すみま、せん」  何で、なんて自分の方が聞きたい。 ――何で俺は、里見さんにキスなんてしたんだ。  キス――意識してしまうと、冷たい汗が流れた。男の上司に、キスをしてしまった。さっきまで自分を激情が、まるで嘘のように引いていく。 「あ、あの、俺、酔ってて、すみません」 「あ、ああ。飲みすぎは良くない」 「はい」  もう少しあせるかと思った里見は、意外にも冷静で、何も言わなかった。いつものように、音の外れたカラオケを始める里見を見つめながら、松谷は全くその歌が聞こえなくなってしまった。
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