48人が本棚に入れています
本棚に追加
驚く娘さんに事情を説明して、レジカウンターに立つと、忙しさに目が回りそうだった。
そもそも慣れていない事に加え、珍しく若い男がレジに立っているのは、年配女性ばかりのこの店では興味深い事らしい。
「あら、新しい人?」
「臨時の手伝いですがよろしくお願いします」
レジを打って商品を袋に入れるだけだとたかをくくっていたが、そう単純でもない。話相手をしながら、商品について聞かれると、もうお手上げだ。
「この人参って、国産?」
――しらねーし!
厨房の奥さんに聞こうと身を乗りだした時だった。
「当店の野菜は全て国産ですよ」
聞きなれた声が松谷の耳を揺らした。スーツのジャケットを脱ぎながら、松谷の隣、狭いレジカウンターに、にこりともしない里見が入って来たのだ。
「里見課長」
「君だけにさせる訳にはいかないだろう。手伝う」
明らかに接客に向いていないだろう里見は、それでも懸命に柔らかい表情を作ろうとしているようだった。レジを打って袋に入れて渡す。その単純に見えて大変な仕事を終えた時には、へとへとだった。
「ありがとうございました、助かりました」
店主が珍しく笑顔を見せてくれたから、その疲れは半減したのだけれど。
井上商店を後にした時にはもう、外は真っ暗だった。本格的な冬を予感させる冷たい風に身を震わせると、里見も同じように肩をすくめたところだった。
本当は、かっこよくコートとか貸せたらいいんだけど。
最初のコメントを投稿しよう!