音痴な上司の攻略法

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 あいにく、昼間は暖かいのでコートはまだ着てきていない。仕方なく、ジャケットを脱いで里見の肩にかけると、飛び跳ねるように肩が揺らされた。 「っ、何だ?」 「あ、いえ、寒そうだったので」 「大丈夫だ、君こそちゃんと着なさい。シャツ一枚では風邪をひく」  ジャケットをつき返されて、少々へこみながら受け取ると、里見はまた目を逸らしてしまった。  ――怒ってる、よな。  この前のキスの事だけではなく、今日のこのミスも、ミスのフォローに付き合わせてしまった事も。 「すみませんでした。こんなミスして、その上フォローまでさせてしまって」  駐車場へと続く細い路地は、やたら静かだった。心細い光をともす街灯に照らされただけでは、はっきりと表情までよみとるのは難しい。それでも、里見は、微かに笑ったように見えた。 「大丈夫だ。ミスは無くして欲しいが、君はいつもよくやってくれているから、これくらい何でもない」  慰められると、ますます情けない気分になる。もう絶対、ミスなんてしないと決意しながら、情けないついでに気になっていた事を解決しようと里見の腕を掴んだ。  びくりと震えた里見は、けれど何も言わずに松谷をそっと見上てくる。 「あのっ、この前も、すみませんでした」 「この前?」 「キスの、ことです。怒ってますよね? あのっ、もう飲みすぎて調子乗ったりしないんで、本当、すみません」  里見なら、静かな口調で松谷の飲みすぎを注意し、整然と責めるのだろうと思っていた。けれど。次に口を開いた里見の反応は、松谷の想像とはかなり違っていた。 「あ、いや、そのっ、あれはまあ、酒の勢い、だよな? 俺は気にしてないから」  明らかにうろたえている。こんなに取り乱す里見は珍しい。それは松谷の想像していた「怒り」とは違う気がする。 「大体、怒っていたのは君だろう?」 「え、何で俺が」 「怖い顔でいつも見ていたじゃないかっ」   怖い顔、と言われると疑問だが、確かに里見を見てはいた。それは、里見の事が気になっていたからで、怒っていると思われていたとは、意外すぎる。 「怒ってないですよ」 「俺も怒ってはいない」  お互いに顔を見合わせて、大きく瞬くと、気が抜けたように里見が息を吐いた。 「本当に怒っていないのか?」 「はい、っていうか、なんで俺が怒るんですか」 「その、ほら、君の冗談を、俺が一人で気にしすぎたから」  冗談、とはキスの事だろうか。里見なりに、気にしてくれたという事だろうか。あの平静の下で、少しは感情が揺れたのだとしたら、妙に嬉しい。 「里見課長こそ怒ってないんですか?」 「ああ。そうか、怒ってないのか。だったら、次のカラオケ教室は行けるな」
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