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「里見さん?」
「っ、見たか?」
「何をですか?」
「その――はを」
「は?」
冗談でなく、頭の中はその一文字で埋め尽くされた。里見が何を言っているか良く分からず首を傾げると、言いにくそうに口が開かれる。
「だから、俺のはならびを」
――はならび?
一瞬、漢字に変換するのに時間がかかってしまった。冷静に考えてようやく一つの答えに到達する。
はならびは、歯並びだろう、きっと。
歯並びがどうしたのか、ますます分からない。
「よく、わかんないですけど」
「だから、歯並びが悪いのが見えたかって事を」
別に歯並びが悪いとは思わなかったが。そもそも、一瞬の事だったから、そこまで見ていない。けれど、里見の様子から察するに、本人はその事をかなり気にしているようだった。
「そんな悪くないですよね?」
「いや。昔、恋人に言われた事もあるくらい、悪い」
「見せてくださいよ」
「嫌だっ」
わざとらしく硬く閉じられた唇は、そう簡単に開きそうにない。駄目となると、俄然燃えて来るのは何故だろう。油断させてから暴いてやろうと、松谷は、さも興味のなさそうなふりをして話題を変えた。
「そういえば、この前、プラパックの発注取った店がこの近くなんですけど、後で寄っていいですか? ドーナツ屋なんですけど、俺好きなんですよね」
あまりに急な話題の転換に気が抜けたのか、里見は素直に相槌をうつ。
「そんなに美味しいのか?」
「はい、ドーナツは普通に美味いんですけど、コーヒーが特に美味いんで」
「……普通に、美味い」
ぼそりと呟いた里見が、意を決したような顔をして、松谷を見つめた。何かまずい事を言ったのだろうかと怯む松谷に、里見は思いもしない事を切り出した。
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