音痴な上司の攻略法

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「その、前から思っていたのだが、普通に美味いは、結局、普通なのか美味いのか、どちらなんだ?」 「へ?」  思わず、妙な声が出てしまった。里見が余りに真剣な顔をしているから、何か重要な事でも言われるのかと思っていた分、気の抜け方が半端ではない。質問の意図を頭の中で繰り返すと、途端に面白くなってくる。 「よく君たちは使うだろう。普通に良かった、普通に美味かった、普通に楽しかった。あれを、結局どちらの意味でとればいいか分からず、返答に迷うんだ」  里見は、さも困ったという顔をしてるから、余計に面白くなる。この真面目な上司は、そんな事を真剣に考えているのだ。  確かに、正しい日本語からすればおかしい言葉だろう。しかし、これは一種の決まり文句のようなもので、それほど深い意味などない。普通に美味い、は、美味いと同義だ。  確かに松谷も、高校生の言葉の意味が分からない事があるが、里見からしても同じような感覚なのかもしれない。いわゆる、ジェネレーションギャップというものだ。考えれば里見とは十歳も離れている。仕方がない事だった。 「里見課長って、面白いですよね」 「面白い? 別段面白いような事は言っていないつもりだが」 「普通に美味い、は、美味いって意味ですよ。特に文句をつける事もなく美味い、って感じかな?」 「複雑だな」  困ったように、里見は眉をひそめて息を吐いた。少し空気が緩んだ気がする。もう少し何でもない話をして油断させながら、歯並びを見てやろう。 「そういえば忘年会って、また鍋ですかね」 「専務は鍋が好きだからな、そうだろう」  専務、と口にした瞬間だけ、少し声が弱まった気がする。ここがタイミングかもしれない。
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