入学式の日

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入学式の日

 ピンクゴールドという髪色をいままでリアルに想像したことがなかった。  思っていたよりはシックかもしれない。少なくともアニメーションで見たクレヨンピンクではない。どちらかというと亜麻色に近い。  その珍しい色の髪に囲まれているのは小さな白い顔。長いまつげに囲まれた大きなガーネットの瞳。小さめの鼻に小さめの口。  華奢な体躯にすんなりと伸びた手足。  鏡に映る少女の姿はどこまでもあどけなく可憐だ。  どうやら私は乙女ゲームのヒロインに生まれ変わってしまったらしい。  ヒロインの名はエーデルワイス。  庶民なのに優秀な頭脳と突出した魔力を持って生まれ、貴族学院に入学を許される。この国の王太子を始めとするハイスペック男子らと親交を深めながらイベントをこなし、ハッピーエンドに向けて進むゲームだ。  前世を思い出したのは王立魔法団の人が使者としてやってきたとき。  ちなみに前世はOLではなく大学の研究助手だった。専攻は物理。職場はブラックでむさ苦しかった。  現実の男に夢が持てない私は乙女ゲームに逃避した。  前世のことは普段は忘れることにしている。前世の記憶はここでは役に立たない。魔法の国に転生したのだ。物理法則ガン無視の世界だ。  私が姿見とにらめっこしていたら、同室のダリアが声を掛けてきた。 「早く支度しなよ。ぼんやりしてたら初日から遅刻だよ」  ダリアはベッド脇の椅子に座って編み上げのブーツの(ひも)を結んでいるところだ。茶色の髪は三つ編みのおさげにして制服も着終わって、あとは胸の深緑のリボンを結ぶだけ。  まだ寝間着(スリーパー)を着たままで、幽霊みたいに髪もぼさぼさの私とは大違い。 「んー、めんどくさいなあ……」 「何言ってるんだよ。入学式での新入生代表のスピーチ、エディがやるんでしょ?」  エディというのはエーデルワイスの愛称。ダリアは入寮初日から超フレンドリーで、いきなり私をエディと呼び始めた。  まあ、エーデルワイスは威圧感がなくて親しみやすいビジュアルだからね。サイズはミニマム。ルックスも十人並み。身分は平民。  いや、ダリアが最速で距離を詰めてきたのは単にそれがゲームの仕様だからというだけかもしれない。ゲームの中ではダリアはいわゆるガイド役。 「それなんだけどさ。引き受けるなんて一言も言ってないのに、なんか勝手に決められちゃったんだよね」 「新入生代表は入学試験の成績優秀者がやる決まりなんだよ。去年もおととしもそうだったから」  学院側の配慮からなのか、寮のルームメートは平民出身の子。  とはいえ生育環境はダリアと私とでは雲泥の差だ。ダリアは使用人に囲まれて大豪邸で育ったお嬢様。お父さんは国を超えて手広く商売を扱っている大商人。学院にも多額の寄付をしているし、王家からも一目置かれている。  あと、ダリアのお兄さんはいま三年生で、攻略対象の一人だ。  今年の入学者でおうちが貴族でないのは三人だけ。ダリアと私とあと一人は大神官の姪っ子だと聞いた。つまり生粋の庶民は私だけだ。  この部屋にはメイドはいない。けれどもダリアお嬢様は自分の手でさっさと身支度を済ませてドヤ顔だ。 「ねえ、エディも早く着替えて。一緒に朝食を取りに行こうよ」 「ダリアは先に行ってて。私は朝食はパスして直接セレモニーホールへ向かうから」 「駄目だよ、朝ご飯を抜くなんて身体に悪いよ。先輩方にも心配をかけるよ。でなくてもエディ華奢だし、華奢過ぎるし」 「先輩方にはスピーチの原稿の最終チェックをしているって言っておいて」  これは嘘だ。原稿は完成している。ついでに夕べ、ローズマリー・デュフェール公爵令嬢の部屋へ押しかけていって原稿に目を通していただいて添削していただいた。原稿には王家に対する不敬ととられかねない表現があったので、助言をいただいて無難な文言に差し替えた。  ローズマリー様は王太子の従兄妹(いとこ)で婚約者。私と同じ十五歳で学年も同じ。プラチナブロンドにアイスブルーの目をした超のつく美少女だ。ゲームの中ではいわゆる悪役令嬢に当たる。入学試験の成績は私に次ぐ二位。  一年生が入寮した日、入学式のスピーチを依頼された私に令嬢は声を掛けてきた。 「平民にスピーチは無理でしょうからわたくしが代わってさしあげますわ」  そんな言い回しだったものだから王太子に見とがめられて叱られていた。  不憫な子だ。  しょんぼりしていた様子があまりにも可哀想だったので、こっちから声を掛けて添削をお願いした。  問題アリの個所をつくって持っていったのはワザとだ。  万一問題点をスルーしたり変な直され方をしたら自分でちゃんと書き換えようと考えていたけれども、彼女はまじめに一生懸命に読んで助言をしてくれた。  ありがとうと言ったら、なんとも得意そうな嬉しそうな顔をした。めちゃくちゃ可愛かった。  いい子だ。  ダリアが鏡を見ながら胸元のリボンを結び終わり、ちょうど私が歯磨きを終えたときだった。  コンコン。  ドアがノックされて、声が掛けられた。 「エーデルワイスさん、ダリアさん。お支度は済みまして? 食堂までご一緒しませんか?」  公爵令嬢の声だった。ダリアと私は顔を見合わせた。
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