ダンスパーティの日

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「前から聞きたかったんだけどさ、ロージィは殿下のことをどう思ってるの?」    卒業と進級を祝うダンスパーティの前日の夜だった。  こっそり忍び込んだ部屋で、食後の紅茶を用意しながら私は聞いた。  一年の間に私たちはお互いをエディ、ロージィと親しみを込めて呼び合うようになっていた。 「殿下は立派なお方ですわ」 「でも公正じゃないよね? いつだってロージィのことを不当に疑ってかかってるじゃん。いい加減私は腹が立つんだけど。ていうかもう、殿下許すまじって気分なんだけど」  公爵令嬢は困惑した顔で眉を下げた。  ゲーム上では悪役だったはずのこの人は平和主義者だ。  もしかすると私が関わったことが原因かもしれない。  ゲームの中では公爵令嬢には友だちがいなかった。取り巻きはいたけれど孤独だった。それに家族の愛にも恵まれていない。母親は亡くなっていて父親はロージィ様を疎んじている。だから恋焦がれた王太子に冷たくされて思い詰めたあげく、ヒロインを逆恨みするのだ。  けれどもいまのロージィ様には私がいる。  この薄幸のお姫様をべたべたに甘やかすことを、私は日課にしている。  どうしてかって? とにかくリアクションが可愛いから。  毎朝押しかけて行って髪を綺麗に結ってあげて着替えも手伝って、その間に魔法で部屋の掃除とベッドメイクも済ませて紅茶を淹れてあげて、椅子に座って少しの時間おしゃべりを楽しむ。  何なら朝ごはんも魔法で出して部屋食にしてしまうこともある。イメージしたメニューを日替わりで用意する。ダリアが心配するから二日に一度は食堂で食べるようにはしてるけど。  侍女さんは夏の終わり、デュフェール公爵によって突然領地に呼び戻されてしまった。朝のお手伝いは、途方に暮れていたロージィ様を元気づけようと思って始めたことだった。けれどもいまの私にとっては欠かすことのできない日々の楽しみだ。    王立魔法団の人たちは私の魔法をケタ違いだという。魔力の放出というのはもっと単純に対象に作用するものだそうだ。いろんな性質の魔法を複合的に組み合わせる術というのは難しいものらしいのだ。  シーツ一つ洗って乾かすにしても、一瞬で汚れの成分だけを浮かせて除去してシーツを傷めないことや乾かし過ぎて焦がさないことは、単にシーツを水で濡らすことや火で燃やしたりすることとは別次元の難易度なのだとか。  そんなことは知ったこっちゃないけどね。できるものはできるし、使える術は使うだけだ。  とはいえ「整うの術」には弱点がある。重いものを動かせないのだ。臨界点は私の体重。物理法則を無視した世界なのに、物理的な重量によって魔法に制限がかかるなんて納得がいかない。  一年の間、とにかく私は自分の魔法を磨いた。覚えられることは何でも覚えたし、試せることは何でも試した。身分も後ろ盾もない私のアドバンテージはこの能力だけだから。  攻略対象を味方につけることは早々にあきらめた。彼らはロージィ様と私の仲を引き裂く方向にしか動かない。ロージィ様を破滅から救い出すためには役に立たないどころか、ことごとく障害となってくる存在だ。 「ロージィ食べたいものある? 謹慎中はデザートは部屋に届かないんでしょ? プリンなんてどう? それかジェラートは?」  ロージィ様は一瞬目を輝かせたが、 「わたくし、反省を促されてお部屋にいるように言われたのですから、贅沢はできませんわ」 「ロージィには反省の必要はないよ。反省しなきゃいけないのはわからず屋の殿下と殿下の言いなりの学長の方だよ。リクエストないならこっちで決めちゃっていい? モモのシャーベットにしようかな?」 「でしたらイチゴのかき氷が……」  ロージィ様は言いかけて、ハッと黙る。 「おっけー、かき氷おいしいものね。それと部屋をもう少し暖かくするね」  かき氷を食べたら身体が冷えるからね。  暖炉に薪を投入するのと同時に部屋そのものの空気も魔力で暖める。  中空からガラスの器を出して、つるりとした氷の塊も出現させる。粉砕の魔法でかき氷状に削ってスプーンを添えて、ロージィ様の目の前に置いた。イチゴシロップは横に添えた。自分で掛けながら食べた方がおいしいと思うから。  ロージィ様はワクワクが抑えきれない顔になる。  ああ、もう、ほんとに。  この人は可愛い。  素直だし純だし無垢だし素直だし。  あれ? 同じこと二回言った。とにかく可愛くて可愛くて、見ているだけで萌え死ぬ。  無心にかき氷を口に運ぶ様子をニヨニヨしながら眺めてたら、何口目かのスプーンが目の前に差し出された。 「はい、エディもどうぞ」 「?」 「一人で食べるよりも一緒に食べたらもっとおいしいですから」  イチゴ色に紅く染まった唇が可愛らしく動く。  間接キスとかマジですか?   ぽわんと浮かんだ邪まな発想を慌てて追い払う。  ゲームの中でロージィ様には友だちがいなかった。この世界でのロージィ様の友だちは私だけだ。  もしも私が友だち以上の気持ちを吐露したら、ロージィ様は友だちを失うことになる。それだけは避けなければ。  私は彼女の友だちでいい。ちょっと変質的に彼女の笑顔を愛でているヘンな友人だ。
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