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讃井先輩と僕の関係を具体的に示すことは、今となっては難しい。
すべては僕の精神的な病から現れる幻覚、夢幻だったのだ、と言われれば、確かにその通りかもしれないし、はたまた、いいやあの出来事は。すべて讃井先輩という奇妙な人物によって引き起こされた、狐狸妖怪の百鬼夜行であると指摘されれば、確かにそうかも、と心の支柱が傾きかねない。
とにもかくにも。
讃井先輩と過ごした大学時代のあの日々は、もうほとんど、非現実なものばかりだった――そういうものに、僕はいつも目をつけられ、追い回され、引っ掻きまわされてきた。
今でこそ、良い青春時代の一幕として、心のメモリーに残る日々ではあるのだけれど、当時の私としては命からがらで、とても生きた心地のしない出来事ばかりだったことは言うまでもない。
二つ歳がうえの讃井先輩は、はためには精神科医を志している、ひとりの普通の女学生だったのだけれど――それよりも、民俗学的に、あるいは文化人類学的に、考古学的に、日本の歴史や宗教について異常なほどに詳しいところがあったのだ。
それが幸いしてか、それとも災いしてか、僕と彼女は知り合いになり、いつしかそう言う物事に対応するチーム、相棒のような立ち位置にまでなってしまった。
もっとも、僕の存在はシャーロックホームズにとってのワトソン……いいや、ホームズの下宿の管理人のおばさんくらいの役割しか担えていなかっただろうが。
ともあれ。
仮にも同じ時間を、同じ問題に向かって過ごしてきた仲である。
そういう縁というものは、大学卒業程度で切れるものでもないらしい。
讃井先輩が大学を卒業して以来、めっきりそういう事件や事故は減りはしたのだが――けれどそれは、絶えたわけでは決してなかった。
怪異。
妖怪。
異形。
ひょっとしたら、そもそもそういうものを寄せ付けるような呪いの類が自分にかかっているんじゃああるまいか、と疑いもするほどに、僕の周りにはそういう出来事が起こり続けた。
そして、そのたびに――遠方で診療所を営んでいるらしい讃井先輩の電話番号を打ち、数時間にも及ぶ相談を持ち掛けた。
彼女にとってもいい迷惑だろう。
けれど僕の周りではやはり、そういう物事が生じてしまうのだし、頼れる知人といえば、彼女しかいなかったのだ。
『呪いの依り代になっているノートがある、ねえ……』
僕が今回持ち込んだそれは、例えば、絵馬には、絵馬をくくるための柵が必要なように――あるいは、短冊には、それを吊るすための笹の葉が必要であるように、呪いを書き込むためにのみ存在するノート、だった。
概要は省くけれど、呪いがそこに集積しているらしく、そしてまた運の悪いことに、なぜか僕の名前が書き記されていたのだ――この呪いに僕がこっぴどくやられる前に、僕はいったいぜんたいどうすればいいのか、と先輩に泣きついた次第である。
情けない。
無力だ。
悲しい。
生まれつきとも言えるこの憑き物体質には、ほとほと嫌気が差すばかりである――讃井先輩のいない今、自分の問題くらい自分で解決してやろうとそういう関連の書籍を紐解いたところで、さっぱりちんぷんかんぷんな自分の脳味噌が憎い。
いいや、はたから見れば、僕のほうは正常で、異常なのはむしろ、讃井先輩のほうなのだろうけれど。
そんなわけで、呪いのノート。
実際に手に取りたいから、夏の休暇のあいだにこっちに来なさい、という讃井先輩のお達しだった。
それにしても、意外である――讃井先輩はたしか、学業のほうの成績もずば抜けてよかったはずなのだ。であれば、もっと都会の、もっと収入の良い土地を選ぶこともできたはずだろう。
それなのに、彼女が選んだのは僕も知らないような田舎町だった。はじめてその地を踏んだとき、駅に駅員がいなかったことを知ってとても驚いたのを覚えている。
新鮮な空気。
深緑の森林。
遠くに山地。
ゆるやかにいななく鳥。
静かに舞う蝶。
川のせせらぎ。
蝉しぐれ。
どれもこれもが、都会に生まれた僕にとっては、初めての経験だった。
『初めて』。
そうだ――と、僕はこの日の夏を思い出す。
はじめと言えば、はじめからおかしかったのだ。
僕は、千歳医院なんて医院は知らない。
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