夏を訪ねる

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 ぱ、と――世界が、暗転した。  目が覚めた――という表現が適切なのかどうかは分からないけれど、とにかく、僕がその少女と別れた瞬間、竹林だった場所はアスファルトに変化していた。もちろん、僕の立っているところに崖なんてものはなかったし、団子屋も、田地も、そんなところにはなかった。  地縛霊というか、自縛霊。  讃井先輩は確かにそう言った。 「通常、地縛霊というものは、地に縛られるものだけれど――あの子の場合は、自らをこの地に縛っていたんだよ」  この地。  台地には記憶があるというように――あれは、記憶の怪であるらしい。  それを、少女の記憶が利用した。  僕はこの地に来たことがない。  兄でもないし、祖母もいない。 「VRゴーグルを使ったことはあるかい? 今回のはあれと似たようなものだ――周りの環境を遮断して、つまりは現実と乖離させ、まったく別の世界に馴染ませる。そうやって、君を取り込もうとしたんだね。ほら、通れないところもあっただろう?」  そう言われてみれば、進めない箇所があるにはあった――なるほど、障害物がないにも関わらず先に進めなくなった理由は簡単で、障害物が見えなくなっていた、というだけなのだ。 「それに君、なにか食べさせられなかったかい?」  と、讃井先輩は続ける。 「ほら、その土地のことを知るためには、まずその土地の食べ物を食えというだろう?」  食わされたんだよ。 「その記憶の、その時代の、食べ物を。」  あとからその道をたどってみてわかったことだが、竹林も田地も団小屋も、もうどこにも見当たらなかった。田舎とはいえ、すべてが同じままということでもないらしい――まっさらにつぶれた台地には、ソーラーパネルが並んでいる。  すべては消えて、今はもうない。 『いたい』  けれど僕は思い出す。  それなら、あの記憶――少女の記憶は?  母親の頭蓋骨骨折。  千歳医院。  兄さんと呼ばれた誰か。  そしてお腹の、あの傷。 『兄さん』  胸のなかに残る罪悪感は、結局誰のものだろう。  いつかの『兄さん』か。  少女の手を握れなかった、僕のものか。
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