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景春は采鈴の離れの部屋に一度も来ることがなかったが、桐のおかげで采鈴の寂しさは紛れた。
采鈴が景春の屋敷に来て五回目の夜を迎えたときだった。
采鈴は寝ようと蝋燭の火を消したとき襖が開いた。采鈴は初め、桐が来たのかと思ったが、桐は必ず入る前に声をかけてくれることを思い出した。
桐という選択肢が消え、采鈴に恐怖が襲う。蝋燭を消した直後だったので、采鈴の目はまだ暗闇になれていなかった。
床の軋む音が近づく。
采鈴は侵入者から逃げようと縁側へとつながる障子を開けた。
満月の光が侵入者を照らす。若い男だった。男はいたずらげに笑う。顔をよく見ると、どことなく景春に似た優男であった。
「驚かせて申し訳ありませんね、緋色の姫君」
「誰ですか」
「俺の名は井田依秋。一目、緋色の姫君の姿を拝見したく参上した。なるほど、伝説通りの緋色の髪の毛だ」
依秋は怯える采鈴を部屋の隅に追いやり、その長い指で采鈴の顎を持ち上げた。
「ふむ。案外愛らしい顔をしておる」
「やめてください」
采鈴は依秋の手を振り払おうとしたが、いとも簡単に押さえつけられる。
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