二 伝説の姫

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 景春は采鈴の離れの部屋に一度も来ることがなかったが、桐のおかげで采鈴の寂しさは紛れた。  采鈴が景春の屋敷に来て五回目の夜を迎えたときだった。  采鈴は寝ようと蝋燭の火を消したとき襖が開いた。采鈴は初め、桐が来たのかと思ったが、桐は必ず入る前に声をかけてくれることを思い出した。  桐という選択肢が消え、采鈴に恐怖が襲う。蝋燭を消した直後だったので、采鈴の目はまだ暗闇になれていなかった。  床の軋む音が近づく。  采鈴は侵入者から逃げようと縁側へとつながる障子を開けた。  満月の光が侵入者を照らす。若い男だった。男はいたずらげに笑う。顔をよく見ると、どことなく景春に似た優男であった。 「驚かせて申し訳ありませんね、緋色の姫君」 「誰ですか」 「俺の名は井田(いだ)依秋(よりあき)。一目、緋色の姫君の姿を拝見したく参上した。なるほど、伝説通りの緋色の髪の毛だ」  依秋は怯える采鈴を部屋の隅に追いやり、その長い指で采鈴の顎を持ち上げた。 「ふむ。案外愛らしい顔をしておる」 「やめてください」  采鈴は依秋の手を振り払おうとしたが、いとも簡単に押さえつけられる。
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