一 迎え人

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 後方に火の手が上がる。この場に留まるのは危険だった。  若君は采鈴を抱えたまま走った。若君の後を追うように黒い軍勢が屋敷の出入り口となる門へと移動した。  采鈴は生まれて初めて自分が住んでいた屋敷の全貌を見た。と言っても、そのほとんどが火に覆われていたのだが。屋敷は両翼を広げた鳥のように左右に大きく伸びていた。しかし、采鈴はその中のたった一部屋しか知らない。火柱に沿って上を見上げれば、星が散らばる黒い天井がどこまでも続く。世の中の広さに采鈴は驚いた。  采鈴は珠の話を思い出した。珠が言うにはこの屋敷は災いを閉じ込めるために存在するのだそうだ。大勢の巫女たちが毎日祈りを捧げ、悪しき物を封印し続けることによって、平らかな世の中になると。  火だるまとなった屋敷は災いそのものに見えた。  一本の矢が若君の頬をかすめた。続いて二本目の矢が若君の兜に当たって砕ける。老婆とは思えないほどの矢の威力である。ほんの少しかすっただけだったが、頬から血が滝のように滴り落ちる。どこから矢が飛んできたのか分からなかった家来たちは一斉に刀を抜いて若君を囲んだ。 「その女を置いてゆけ。さすれば、命だけは助けてやろう」  皆一斉に声の方へ振り返る。燃え盛る炎を背に髪を振り乱した老婆が立っていた。鬼気迫る様子で弓を引く姿はこの世の者とは思えないほど恐ろしい。あまりの気迫に家来たちは狼狽えた。
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