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「名前も知らぬお方。ここよりずっと遠くまで私が知らない世界まで、どうか私を連れて行ってください。」
「わしの名は井田景春。必ずやそなたとの約束を守ってみせよう」
複数の矢が景春の両脇の地面に刺さる。これが最後の警告だと珠はすでに次の矢を引いて景春の急所に照準を合わせていた。いくら鎧を身につけているとはいえ珠の矢が当たればひとたまりもない。
「次は当てるぞ。早くその女を置いてゆくのだ」
景春は珠を睨みながら采鈴を強く抱きしめた。
采鈴は体の奥から熱いものが込み上げてくる感覚に陥った。いくつもの泡が水面に届いて弾けるように、その熱いものが采鈴の中で弾けた。
周りにいた者は稲妻が落ちたのかと思った。何本もの光線が采鈴を貫いていた。あまりの光の強さに皆は伏して各々の目を覆った。その空間だけ朝が訪れたかのようだった。
ようやく光が収まり、皆がおそるおそる顔を上げると、長い緋色の髪の女の姿があった。
「……緋色の姫」
一番近くにいた景春が緋色の女の手を取ろうとしたとき珠が絶叫した。
「ならん! 采鈴! 正気に戻るのじゃ!」
珠は弓矢を投げ捨てて緋色の女のところへ駆け寄ったが、女が振り向いた瞬間に動けなくなった。
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