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ドナルド・ロスト伯爵が横領の罪に問われたのは三年前。
貴族が金を横流しする事件は珍しいことではないが、実行したのが国庫を預かる金庫番であったため話は大きくなった。
伯は善良極まりない男でこれまで真摯に国に仕えてきたが、時期が悪かった。
時は次期皇帝陛下の座を競い、若き皇太子兄弟の対立が激化しつつあった折である。
他国から大量の武器が流れ込み、国内でも暴動が増え治安が悪化していた。摘発された武器商人があげた名がドナルド・ロスト。
一触即発の状況が続くなかでもたらされた事件とそれに関わった人物は、情勢を過熱させた。双方の勢力がそれぞれロスト伯爵を糾弾し、敵も味方も入り乱れ、彼をすべての元凶に仕立て上げた。
上位貴族や国の重鎮たちにとって好機だった。悪人を置くことで負の感情が向かう場所を変えた。不穏な空気に辟易していた民たちへ怒りの矛先を作り、皇族への不満をそちらへ誘導したのである。
事件を機に皇太子兄弟の対立は中断され、どちらが立太子となるかは決まっていないが、暴動は収まった。
ドナルドは国賊とされ極刑が下った。伯爵位は国へ返還するか協議中。ドナルドの弟が預かっている状態だ。
ドナルドは妻を亡くしているが、レティシアという一人娘がいた。事件以降、人前には姿を現していない。不在のあいだにさまざまな噂が流れた。
父親が横領した金を使って男遊びをしている、他人の恋人を寝取った。外商を呼びつけて宝飾品を買いあさり、支払いは叔父にさせている。
国内で誰かに匿われている、他国の王家をたぶらかして亡命した、娼館落ちして夜の蝶として君臨している。
じつにさまざまな醜聞だ。国賊の娘らしく、妖艶な悪女だと下世話に嗤う。
帝国内の多くの雑誌や新聞は、民が願うままにネタを提供した。兄から被害を被った気の毒な叔父一家へ同情が集まる記事より、高慢な伯爵令嬢の末路を取り扱ったほうが売れるのだ。
真偽の定かではないあれこれを書き連ねたところで、当の本人はいない。どこからも文句が出ない。
ゴシップ誌に彼女が登場しない日はなかったが、下火にもなる。
しかしあれから三年。ロスト伯の爵位についての協議がおこなわれる今、またとない好機なのだ。
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