40人が本棚に入れています
本棚に追加
「ガラスの靴を履いてやって来る王子様、か……。王子様のことをただ黙って座って待っているのもいいけれど、向こうが近付いて来たらちゃんと迎えに行きなさいね。向こうから来るのを待っているだけよりも、こちらからも進んだ方が早く会えるんだから」
ジョゼフィーヌは溢れ出る妖艶さを抑えて、ただの姉として優しく言った。
その後ジョゼフィーヌは国王と王妃に挨拶をし、旧知の使用人や兵士達に顔を見せ、帰って行った。ジョルジュが王宮に戻って来たのはジョゼフィーヌを乗せた馬車が出発して一時間も経たない頃だった。
「えっ、帰ってしまったのか」
「はい。つい先ほど……」
馬車から降り立ったジョルジュは肩を落とす。
「お兄様にもよろしくと言っていました」
「僕もジョゼフィーヌに会いたかったな……」
「元気そうでしたよ」
シャルロットとジョルジュは王宮の廊下を進む。
おじさん達に囲まれて疲れ果てたジョルジュはとぼとぼと歩いていて、王子の肩書が似合う様子ではない。久方振りに妹に会って楽しく話でもしようと思っていたため、ジョゼフィーヌが帰ってしまったと聞いてさらにくたびれてしまったようにも見える。
しかし、角を曲がって使用人が現れるとジョルジュの背筋は一瞬でピンと伸びた。
「ジョルジュ様、お帰りなさいませ」
「あぁ、ただいま。私の留守中に何か変わったことはなかったかな。何か私の確認が必要なことはあっただろうか」
「いえ、特には。本日はお疲れでしょう、ゆっくりお休みください」
一礼して使用人が立ち去ると、再びジョルジュはくたびれた様子になった。
「本当に疲れた。僕はいつまでおじさん達に囲まれて難しい話を聞かされないといけないんだ。……ずっとだよなぁ」
「お兄様、そんなに難しい話があったんですか」
「僕だって勉強はしている。これでも次期国王だからね。色々と聞くことも見ることも多いし、おおむね理解しようとしているさ。でも、なんか、その話は別に僕にしなくていいんじゃないかなぁという話をされることもあって。今回だって本来の目的は果物畑の視察だったのに道中馬車の中で父上にすればいいような政治や経済の話を延々とされて……」
お土産だよ、と果物の入った籠を差し出す表情は暗い。シャルロットは兄に心配な顔を向けつつ、籠を受け取った。
籠の中にはアンズが入っていた。シャルロットはごろごろとした黄金色の実を一つ手に取る。
「いい香り。シェフにケーキでも作ってもらいましょう。その時はお兄様も一緒にお茶しましょうね。美味しいお菓子を食べれば疲れなんて吹き飛ぶわ」
「ありがとうシャルロット。その言葉だけでも元気が出るよ」
疲労の浮かぶ顔に笑みを貼り付け、ジョルジュは妹の頭を撫でた。
最初のコメントを投稿しよう!