Verre-1 タルト・オ・アブリコ

5/9
前へ
/140ページ
次へ
 視察で訪れた果物農家はどの家も「王子様がやって来たぞ」と気合たっぷりに案内をしてくれた。馬車での行き帰りは同行した貴族や政治家のおじさんの難しい話をさんざん聞かされてうんざりだったが、目的地で畑を見たり果物を試食したりした時間は良い経験であり素敵なものだった。そして農家達は帰る際にたくさんの果物をプレゼントしてくれた。 「それは一応シャルロットの分なんだよ。厨房にもっとたくさん運び込まれるはず」 「そんなにたくさん、食べきれるかしら」  王宮には国王一家の他に住み込みの使用人が住んでおり、交代制で常時兵士が警備に当たっている。その全員で食べたとして、一気に食べられるかは定かではない。  いくつもの農家がそれぞれたくさんの果物や野菜を差し出して来たものだから、一つの馬車には収まりきらず、ジョルジュやおじさん達の乗っていた馬車にもいくつかに分けて載せることになったのだ。シャルロットとジョルジュが廊下で話をしている今この時も、使用人達は馬車から箱を運び出し、厨房や食品庫を往復している。 「折角もらったものだから悪くなる前に食べてしまいたいよね。僕が『美味しい』と言えば農家の人達はきっと喜んでくれるし、宣伝にもなるだろうから。でも、駄目にしてしまったら僕の信用に関わるからね……」  シャルロットはアンズをしばらく見つめ、もう一度香りを堪能してから籠に戻す。 「たくさんあるんだったら、お菓子も料理もたくさん作れるわね」 「そうだね。パーティーくらい簡単に開けそうな量だった。でも建国記念日のパーティーまで持つかな……。足の早い果物もあるからね。僕も考えるし父上と母上に相談もするけれど、何かいい案が思いついたら教えてね」 「分かりました」  自室の前で兄と別れ、シャルロットは部屋に入った。山盛りの果物があればテーブルくらい大きなケーキも作れそうだなと無邪気に考えながら、籠を棚に置く。頭に浮かんだのは、大きな大きなケーキを前にして驚きながら笑っているリオンの顔だった。  翌日、シャルロットは侍女達を連れてレヴェイユを訪れていた。お忍びなので簡素な馬車だが、王宮基準の簡素は村人達にとっては豪奢である。どこの貴族がやって来たのかと子供達が興味津々な様子で後ろを付いて歩いていた。  ゆっくり歩く白馬達に引かれて馬車はのんびり進む。そして、森に入ったところで子供達は追跡を諦めたのか引き返して行った。 「ごきげんよう!」  ヴェルレーヌ邸に到着して、シャルロットは元気よく挨拶をする。その手には大事そうに箱が抱えられていた。 「お、王女様……! ごきげんよう。リオン、ですよね? リオンなら硝子庭園にいますよ」  応対してくれたのはナタリーである。 「硝子庭園ですね。ありがとうございます、ナタリー様」
/140ページ

最初のコメントを投稿しよう!

40人が本棚に入れています
本棚に追加