Verre-1 タルト・オ・アブリコ

7/9
前へ
/140ページ
次へ
 タルトを見ていたリオンが顔を上げてシャルロットを見る。目が合うと、シャルロットは少し恥ずかしそうに頬を赤らめて目を逸らした。  普段の食事は王宮の料理人達が作るもの。自分で何かを作ったことなどほとんどない。シェフに手取り足取り教えてもらいながら、なんとか完成させた。タルトは二つ作り、片方は料理人と使用人達と一緒に味見をした。シェフから「これなら人に出せる」の言葉をもらって、シャルロットは意気揚々とリオンの元へやって来たのだった。ところが、いざリオンの前にタルトを置くと緊張してしまった。 「お菓子なんて初めて作ったから……あまり期待しないでね……。貴方の作ったものと比べたら美味しくない……かも」 「誰にだって初めてはあります。私だって最初から料理ができたわけじゃないんですから。シャルロットの作ったタルト、食べるのがとても楽しみです」 「リオン……」  不安そうにしていたシャルロットがほっとした表情になる。 「アンズはまだ少し残っているの。ねえ、もしよかったら次は貴方も一緒に」 「いいですよ。私なんかでよければお手伝いしましょう」 「貴方がいいの。貴方がいいのよ、リオン。わたくしが作るのを手伝うんじゃなくて、貴方と一緒に作りたいの」  リオンは寸の間黙ってシャルロットを見た。驚いているようにも、考え込んでいるようにも見える。そして、顔に垂れて来ていたぼさぼさの髪を一房掻き上げながら小さく頷いた。 「う、嬉しい……です」 「ふふ」 「は、はは……」  互いに照れて恥ずかしがりながらぎこちなく笑い合っていると、盆を手にしたアンブロワーズが戻って来た。気が付いていないらしい二人の微笑ましい様子をしばし見守ってから、声をかける。 「リオン、王女様、お茶が入りましたよ」  ティーカップとソーサーを並べ、ポットから紅茶を注ぐ。そして手際よくタルトを切り分け、皿に載せる。そうして準備を終えると、アンブロワーズはリオンの隣に腰を下ろした。  シャルロットに促され、リオンはタルトを一口食べた。アンズの味と香りが口いっぱいに広がる。 「どうかしら?」 「うん……。うん、美味しいですよ」 「正直な感想を教えて」 「正直……。そうですね……。王宮の料理人は王女様に対してかなり気を遣った感想を述べ、とても甘い判定で合格を出したのだなと」 「美味しくないの……?」 「美味しいですよ。貴女が作った初めてのタルトですから。味の話じゃなくて、なんというか、思い……? って、いいものですよね」  言葉を選びながら、リオンは少しずつ感想を組み立てて行く。それが完成に近付くにつれ、シャルロットの顔は悲しげに歪んで行った。
/140ページ

最初のコメントを投稿しよう!

40人が本棚に入れています
本棚に追加