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自分の名前も家の名前も伏せてくれるなら、と話をしてくれた使用人がいたそうだ。曰く、先日主がジャンドロン邸へ赴いて変わった物を見せてもらったらしいとのこと。オール侯爵は上機嫌でそれを見せてくれて、主も満足した様子だったと。
「変わった物というのが靴なのかどうかは分からないんですが、他にそれらしい情報は得られませんでしたね」
「オール侯爵が……?」
「何を見せてもらったんですかね。……侯爵がガラスの靴を所持しているのなら、妙に余裕たっぷり自信たっぷりなのも納得ですけど。明日侯爵が来たら訊いてみましょう。持っているんだとしたら非常に遺憾ですね。俺が丹精込めたリオンのためのガラスの靴をあのジジイが持っているなんて。あのクソジジイ……」
「ジジイとか言わないの」
だって! とアンブロワーズは声を荒げた。周囲の視線が一瞬集まり、再び散って行く。
「だってあのジジイ、ガラスの靴を手元で弄りながら、奔走するリオンのことを馬鹿にして笑っていたってことでしょう?」
「もしガラスの靴を持っているのだとしたらね」
「許せません……。もしそうだとしたら絶対に許せません……」
「明日、侯爵が来てくれるといいけれど」
リオンはティーカップを手に取る。
王女主催のお茶会は二日に分けて開かれる。オール侯爵に送った招待状に書かれた日程は二日目のものである。明日、侯爵がお茶会に姿を現せば問い質すことができるだろう。
アンブロワーズはリオンの前に置いてある皿を勝手に手に取ってシャルロットケーキを口に運ぶ。
「それ私の……」
「リオン、俺があのジジイをどうにかしてしまいそうになったら止めてくださいね」
「止めるなって言うかと思った」
「ははは! 止めなくてもいいんですよ!」
「止めるけど」
「だって俺があのジジイに何かしたら、責められるのは貴方でしょう? 俺は貴方の前に立ちはだかるやつなんて全員ハシバミで目を潰してやりたいくらいですが、相手が公人の場合は実際にそうしたら貴方が困りますからね」
公人でなければやってしまうのか。問おうとしてリオンは口を開きかけるが、問わずに口を閉じた。この男ならばやりかねないという確信がリオンの問いを封じてしまったのだ。森の小屋でヴォルフガングに飛びかかった時の様子が思い起こされた。アンブロワーズならば、やる。
友人に静かに恐れをなしているリオンのことを、当のアンブロワーズはにこにこと見ている。リオンが自分のことを見つめていることが嬉しいのである。若干引き気味な様子で見られていてもこの男はそれさえも喜ぶのだ。
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