Verre-3 王女様のおもてなし

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 ふと、「あのドミノは?」という声がどこかから聞こえた。リオンは声のした方を向くが、客人達がそれぞれ談笑しているためどこにいる誰が発した言葉なのか分からない。「サンドール子爵の御令息が連れている従者らしい」と誰かが答えたが、その声も誰の物なのかは分からなかった。  自分のことを何やら言われていてもにこにことリオンを見ていたアンブロワーズが表情を変えたのは、次に発せられた言葉だった。  「サンドールがどうして招かれたんだ?」と、確かにそう聞き取れた。ケーキを突いていたフォークを握り締めて発言者を見つけ次第対処せんと身を翻したアンブロワーズのことを、リオンはローブを掴んで踏みとどまらせる。 「仕方ないよ、今は」 「貴方が止めるのならやりませんよ、俺は」  安心させるように、フォークを皿に置いて微笑む。安心できない笑顔にリオンは怪訝な目を向けるが、アンブロワーズにとっては怪訝な目すら己に向けられるリオンからの素敵な視線のうちの一つである。 「残り時間はあと少しですね。このまま隅っこで一人お茶を飲むつもりですか」 「皆さんと話すことは特にないからね。話しかけても相手にしてもらえるか分からないし」 「そうですか。俺はもう少し使用人達に話を訊いてみます。一人で寂しかったら呼んでくださいね」  リオンの前にあったカヌレを一つ手に取ってから、アンブロワーズはローブを翻して中庭を後にした。  お菓子を食べ、お茶を飲み、談笑を楽しみながら時間は過ぎて行く。  本日はこれでお開き。と、シャルロットから短い挨拶があった。来てくれてありがとうと言う王女の言葉に、皆が揃って応える。  そして、帰路に着く客人達を笑顔で見送り、使用人達が片付けを始めたところでシャルロットはリオンの元へやって来た。ベンチに座るリオンの横にちょこんと座って、食器やテーブルを片付ける使用人のことを眺める。そこにいるのは、貴族達の前で見せる煌びやかな王女の羽織を脱いだ、大人の間で動き回ってちょっぴり疲れた一人の少女である。  アンブロワーズの報告内容をリオンから聞きながら、シャルロットはこくこくと頷いている。 「明日、オール侯爵が姿を現したら……。……シャルロット様? シャルロット?」  返事がない。リオンがシャルロットの方を向くと同時に、こてんと何かが寄りかかって来た。リオンの視界の大半を金色のふわふわが占領する。 「……シャルロット。明日も頑張りましょうね」  自分に身を預けてすうすうと寝息を立てているシャルロットの頭を、リオンはそっと指先で撫でた。
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