40人が本棚に入れています
本棚に追加
「ふん、残された時間は少ないのではないか? 王女の茶菓子作りを手伝っていたそうだが、随分余裕があるようだな」
「えぇと……。余裕はありません」
何を言おうか少し迷ってから、リオンははっきりと言った。困らせようと思っていたらしい侯爵は、想定よりもリオンが強く返してきたため僅かに不服そうに眉根を寄せた。しかし、すぐに不敵に笑う。
「自分の探し物が見付かっていないのに他人の持ち物が気になるのかね。まさか私が――」
「侯爵が珍しい靴、すなわちガラスの靴を所持しているのではないかと思ったのでお聞きしたのです。もしも、持っているのなら……。貴方はあの時、陛下の御前で私が靴を持っていないことを知り、自分の手元にあるのが私のガラスの靴であると分かって、靴を探し回る私のことを笑っていらっしゃったのではないか……と、思って」
「ふん」
「ですが侯爵は珍しい靴のことなどご存知ない様子。安心しました」
「安心?」
「えぇ。貴方がそんな酷いことをするような方でなくてよかったです」
侯爵は不愉快そうである。
本当に靴について知らないのか。侯爵のことを追い詰めたいが、次は何と言おうか。知っているのならば問い質したいし、知らないのならばこれ以上の尋問は失礼に当たる。
ふと、リオンの視界に白が入った。真っ白いものが中庭に姿を現し、迷うことなく真っ直ぐにこちらへ小走りでやって来る。アンブロワーズである。
機嫌の良さそうなアンブロワーズは、リオンよりも先に侯爵に顔を向けた。何かを抱えているのか、ローブが不自然に膨らんでいる。
「ごきげんようオール侯爵! 見ていただきたいものがあるんです!」
「ん。何だ、このドミノは……。あぁ、貴様、このサンドールの小僧が連れ回しているやつだな。議事堂に連れ込んでいるのも見たことがある」
「リオンの素敵な魔法使い、アンブロワーズ・リーデルシュタインです。以後お見知りおきを」
「ドミノが私に何か用かね」
アンブロワーズはにやりと笑ってから、大きな声でリオンを呼んだ。びっくりして目を見張るリオンの前で白いローブが大きく翻る。
中庭を照らす太陽の光が何かに反射した。アンブロワーズの手元で煌めくそれは片方だけの靴だった。見間違えるはずのないガラスの靴である。
「アンブロワーズ、それ」
「侯爵! ジャンドロン邸でこんなものを見付けたんですが! これ、ガラスの靴ですよね!」
「貴様、どうやってそれを……!」
「クロード君が教えてくれましたよ!」
侯爵は険しい顔で振り返る。ドミニクの後ろにいたクロードは何が起こったのか全く分からず、目を丸くしていた。そして、何も言っていないと首を横に振った。
最初のコメントを投稿しよう!