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何か身分の証明になるものはないだろうか。リオンはポケットに手を突っ込むが、役立ちそうなものは所持していない。もう一度ポケットの中をあさり、シトルイユに提げさせているポーチをあさり、顔を上げた。
サンドール子爵家の紋章が付いたものが手元にあればいいのだが、使えそうなものは見当たらない。普段使っている懐中時計には紋章が刻印されているが、持ち歩いているのはアンブロワーズである。
「あの、本物……です……」
「怪しい人を屋敷に入れるわけにはいきません」
シトルイユが前脚で地面をがりがりと搔いている。不快感を露わにすることはほとんどないが、リオンが疑われているのが気に障っているのだ。リオンはシトルイユのことを宥めて、再びポーチに手を入れた。
「何か見付かりましたか」
「いえ……。あの、本当なんです。本人です。サンドール子爵代理リオン・ヴェルレーヌです」
「証明できるものがないと。旦那様の忘れ物があるのならこちらで受け取りますから」
「直接お渡ししたくて」
ついにしびれを切らしたシトルイユが後ろ脚で立ち上がって大きく嘶いた。慌てて掴まるリオンと、驚いて腰を抜かす使用人。門前の地面を蹴って、シトルイユが駆け出した。使用人の呼び止める声がすぐに遠くなり、建物が一気に近付く。
そうしてシトルイユが立ち止まったのは、馬小屋の前だった。侯爵家の馬達は見知らぬ馬の登場に動揺している。
リオンは下馬して適当なところにシトルイユを停める。綱は強く引けばすぐにほどけるように縛った。
「私が戻って来るまでに誰かに見付かって何か言われたら、私を置いて逃げるんだよ」
シトルイユはリオンのことをじっと見る。是とも否ともとれる沈黙の後、近くにあった草を食み始めた。
リオンは馬小屋を後にして、大きな屋敷の外壁に沿って歩き出した。どこかに開いている窓があれば中に入れるだろう。まるで泥棒になった気分だが、正面からは入れてもらえないので裏から入るしかない。
窓を確認しながら歩いていると、窓越しに目が合った。しまったと思い離れようとしたが、窓が開けられる方が早かった。外に顔を出して来たのはクロードである。ここにいるはずのない姿を前に目を丸くしている。
「リオン様!?」
「クロード」
「まさか、追い駆けて来たんですか」
「頼む、そこから中に入れてくれないか」
「えっ」
誰かいるのかい、という声が廊下からした。クロードは声のした方を見て、リオンを見て、そしてまた声のした方を見た。
「ドミニク、リオン様が来てる」
「えっ!? 追い駆けて来たの!?」
クロードの横からドミニクが顔を出す。ドミニクはクロード以上に目を丸くして、口をあんぐり開けた。
「リオン様」
「ドミニク様、この窓から中に入れてもらえませんか。侯爵の持っている切り札に用があります」
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