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珍しい靴を持っている貴族はオール侯爵。オール侯爵が持っている切り札はガラスの靴。
「父上、その靴はリオン様の靴なのですか?」
「これは旅の古物商から譲り受けた靴だ」
「侯爵、そのガラスの靴を私に見せていただけませんか」
リオンは前に踏み出す。侯爵は退くことはしないが、リオンに靴を差し出すこともしない。
「これがオマエの物だろうとそうでなかろうと、私が手放すと思うのか」
「いいえ」
「おとなしく帰りなさい。今ならまだ、勝手に屋敷に入ったことを咎めないでおいてやろう。それとも、お宅の御子息が迷惑をかけてきました、などとサンドール子爵に報告をしてほしいのかね」
リオンはもう一歩侯爵に近付く。そして姿勢を正し、深々と頭を下げた。
ドミニクが小さく驚きの声を漏らす。
「オール侯爵、どうかお願いします。どうか、その靴を……!」
侯爵は答えない。
頼み込んでも侯爵は靴を渡してはくれない。リオンは頭を下げた姿勢のまま、次の動きをどうするべきか考えていた。ほんの数秒の間に、頭の中でいくつか候補が上がってどれもが却下された。
どうしよう、と声になりきらない吐息が漏れる。
万事休す。
迷って、怖くなって、ぎゅっと目を瞑ってしまった。握り締めた手が震える。
動けなくなっているリオンの前後で、ジャンドロン親子が同じ方向を見た。制止しようとする使用人達の声をただの装飾品にしながら、真っ白な姿が部屋に入って来たのである。視界の隅にローブが入って、リオンはゆっくり顔を上げた。
追い出そうとする侯爵が何かを言う前に、アンブロワーズは弾む足取りで侯爵に近付いて手元を覗き込んだ。
「やあ、見事なガラスの靴ですね!」
「アンブロワーズ……」
「リオン、王女様からの言伝です。『硝子庭園の主たる貴方なら、珍しいガラスを放ってなんかおかないんでしょうね』って」
「それはそう……。……あっ」
そういうことか。リオンは呟いて、侯爵を見据えた。
「オール侯爵。今、そのガラスの靴は貴方の物です。貴方が持っていらっしゃるというのにまるで自分の物であるかのように決め付けて『見せろ』とせがんでしまい申し訳ありませんでした」
「う、む……。分かったのならば帰りなさい」
「ということで侯爵、そのガラスの靴」
リオンは姿勢を正し、軽く手を上げた。変なガラス製品を前にコレクターや商人と戦う時の目をしていた。青い瞳は爛々と輝き、口元は好奇心に歪む。
狼狽えていたはずのリオンの様子が一変し、侯爵は形勢逆転の気配を感じ取って身構えた。アンブロワーズが歓喜の色を浮かべ、ドミニクがおろおろし始める。
「そのガラスの靴、私に譲っていただけないでしょうか?」
「は……?」
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