Verre-4 ガラスの靴は誰のもの?

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「ガラスの靴なんて珍しいもの、見逃せません! 庭ばかり物理的に光っていると言われるこのリオン・ヴェルレーヌの硝子庭園のコレクションにぜひ加えたい! オール侯爵! その靴! 私に! 譲っていただけませんか!?」  どんどん近付いて来るリオンに、侯爵は思わず後退する。ガラスの靴が侯爵の物だからリオンの手元には置けないと言うのならば、リオンの物にしてしまえばいいのだ。  リオンの合図でアンブロワーズがローブを翻して跪いた。どこからともなく取り出した箱を恭しく掲げ、侯爵に向ける。箱の中には大振りの宝石が収められていた。 「侯爵、こちらの宝石とそちらのガラス細工を交換していただけませんか」 「どこからそんなものを」 「ははは、俺は魔法使いですからね。手品なんてお手の物ですよ。こちらは商人達との取引の中で入手した希少な石です」 「いかがでしょうか、侯爵。悪い取引ではないと思います。得体のしれないガラスの靴よりも、この宝石の方が世間一般的には価値のある物かと」  それとも、と言ってリオンは言葉を切る。続きを言ったのはアンブロワーズである。 「それとも、そのガラスの靴には何か特別な価値があるんでしょうか? それさえあれば王女の婚約者になれるんですか? もしそうならば、貴方は俺達の探している靴を持っていると認めることになるかと。それがリオンの靴ならさっさと返してくださいね、クソジジイ」  宝石を見せ付けながらアンブロワーズは穏やかに微笑んだ。ジジイという罵りを今回は制止せずに、リオンは同じようににこりと笑う。  侯爵は苦虫を嚙み潰したような顔になり、リオンとアンブロワーズを睨み付けた。交換に応じても、応じなくても、侯爵にとって不利な展開になりかねなくなった。リオン一人だけならばどうとでもなったかもしれないが、常にくっ付いて飛び回る鳩が非常に厄介だった。  侯爵が低く唸ったところで、使用人が数人部屋に入って来た。屋敷に侵入した不審なドミノを連れ出さんとして、アンブロワーズを取り押さえようと手を伸ばす。ところが、使用人達は何も掴めなかった。気配を感じ取ったアンブロワーズが宝石の入った箱を大事に持ったまま、ローブを翻して使用人達の目くらましをして場所を移動したのだ。  リオンは使用人達に丁寧に挨拶をし、傍らのドミノは自身の従者であると告げる。リオン自身も侵入者なのだが、使用人達は既に屋敷の中にいる身形のいい貴公子を疑うことはしなかった。そこに怪しげなドミノがいれば、疑うべきはそちらの方だ。  おろおろしていたドミニクが意を決して小さく頷いた。リオン達は自分の客人なのだと言って、使用人達を連れて廊下に出て行く。
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