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「……侯爵、私の宝石と貴方のガラスの靴を交換していただけませんか? ぜひ、我がコレクションに加えさせてください。この宝石で足りないと仰るのなら、もっと出しましょう」
「小僧、金で私を負かして王女と並ぶ権利を手に入れるつもりか」
「私は貴方が古物商から偶然手に入れたただのガラス細工が欲しいだけですよ、オール侯爵」
リオンと侯爵は黙って向き合う。落ち着いた表情をどうにか作って保っているリオンと、眉間に皺を寄せて不愉快さを露わにしている侯爵。今すぐにでも踵を返して逃げ出したいという気持ちと、絶対にここから一歩も引かないぞという気持ちに上下左右から押し潰されながら、リオンは前だけを見据える。
どれくらいの時間、静かな睨み合いが続いたのだろうか。根負けしたのは侯爵の方だった。
わざとらしいくらい大きな溜息を吐き、やれやれと首を振る。そして、侯爵はガラスの靴をリオンに差し出した。
「分かった。……分かった、この靴をくれてやろう」
「オール侯爵……!」
リオンの表情がぱあっと明るくなった。アンブロワーズの手から宝石の箱を取って侯爵に差し出すが、侯爵は宝石の箱のことはやんわりと押し返した。
「その宝石はいらん。私は、オマエが失くした靴を見付けてやったのだ。私の所持していた靴がオマエの物だと分かったから返却してやるのだよ。大切に保管していた私に感謝するといい。私が紛失や破損をしていたら、オマエはシャルロット殿下の前でこの靴を履くことができなくなっていたのだからな」
一瞬返す言葉に詰まったリオンに代わり、アンブロワーズが侯爵に詰め寄る。相手がリオンにとっての目上の人間でなければ、そのまま襲い掛かる勢いだった。
「なんですかジジイ、貴方、分かっていて期限まで隠し通すつもりだったんじゃないんですか? 自分が保管していてやったんだから感謝しろ? リオン達に探させて、見付からなくて困っているのを見て笑っていたのに。リオンが今日ここまで来なければ、そのまま隠すか壊すかするつもりだったんでしょう」
侯爵はアンブロワーズの殺気など気にしない。ちらりと見てから、リオンの方を向いて返答する。
「はて、知らんな。私は今日リオン殿がわざわざ屋敷を訪問してまで訊ねてきたからもしやと思って見せてやったのだよ」
「リオン、このジジイどうにかしてやってもいいですか」
「駄目だよ。……では、そういうことにしておきます。ガラスの靴を保管してくださってありがとうございます、オール侯爵」
「リオンっ……!」
納得いかないというアンブロワーズのことをリオンは宥める。ばさばさと動くローブと翼により部屋に細かな埃が舞った。
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